2-2
「あのー…ダンテ…さん」
「なんだ?」
しばらくしてからデリバリーのピザを持って部屋に戻ってきたダンテさん。片方だけ手錠を外してもらったので空いた片手でピザを食べているが、居た堪れない。なんか囚人みたいだなわたし。何にも悪いことしてないのに。
「ちゃんと大人しくしてたな。いい子だ」
戻ってきて第一声、繋がったままの手錠と足枷を見てそう笑ったダンテさんに引き攣った笑いしか返せない。ダンテさん、とか30分前のわたしなら大笑いする呼び方だけど今となっては恐怖の対象でしかないためこんな呼び方である。目覚めの一発も相当だったけどさっきの逃げるなら殺す発言もなかなか迫力ありましたよ。
やけにオリーブの載ったピザを平らげ、それとなく切り出してみた。
「わたし、18年眠ってた…んですよね」
「ああ」
「その間、わたしの家とかってどうなってるのかなって」
「なくなったぞ」
「なく…えっ」
目覚めたら家無し?なにそれ辛い。家の話題から自然な流れでお家に帰ります作戦が根本から崩壊した。起きてからの世界わたしに辛く当たりすぎじゃない?
「お前が居なくなって2ヶ月、家賃滞納で追い出されたしな」
「ま、まじですか…あ!そうだわたしどうなってた…んですか?いなくなったっていうか、悪魔退治いったあとの記憶あんまりないんだけど…ですけど」
ダンテさんも今度いなくなったらとか言ってたけど、わたし悪魔にやられたわけ?
答える前に、苦笑いしながらとってつけたような敬語はやめろと言われて素直に従う。確かに慣れない、無理だと若干感じていた。
「依頼主と悪魔が裏で繋がってた。お前は騙されて仕事に向かって、罠にかかった。そのまま時間を止められて、依頼主の変態野郎に隠されてたんだよ」
「は、はあ…」
変態野郎に隠されてたって。なんか変なことしてないよね。
「その依頼主と悪魔は?今どうなってるの?」
ダンテはふっと宙を見て笑った。それからわたしの頭を撫でる。
「お前が気にすることじゃねぇよ」
いや思いっきりわたしに関わることだし気にすべきことだと思うんだけど。なおも問いかけようとしたけれど、ダンテがいいな?と圧をかけてくるのでどうやら彼はとってもあまり触れたくない部分なのだと察し、こくこくと頷く。
そんなダンテがわたしを見つけたのはつい最近らしい。18年間探してくれていたときいて少し感動した。
「それはご迷惑おかけしましたね…」
「まあな。だがこうして戻ってきてくれたんだ。それだけで十分さ」
残っていたオリーブの実を摘んでわたしの唇に押し付ける。下手に対抗してまた恐ろしい目にあうのも嫌なので、大人しく口を開けばそのまま実を押し込まれ、なんだか子ども扱いされているようでなんとも言えない気持ちになる。好き嫌いしてるのはダンテだけど、満足そうだ。あーあ、世話焼かれるなんて、すっかり立場逆転しちゃったなあ。
話を進めるうちに、不意にダンテからここにいる間入り用なものがあれば伝えてくれと言われはたと思考が止まる。ここにいる間?
「わたし、ここに住むの?」
「家もないしちょうどいいだろ」
たしかに家がないならありがたい。ダンテの事務所兼自宅には(18年前だけど)よく寝泊まりしていたから住み心地も悪くないだろう。だが話を聞くとどうもこの拘束を解くつもりは彼にはないらしく、思わずストップをかける。わたしこのままずっと繋がれっぱなしってこと?冗談ではない。
「こんな拘束されてたら生活できない」
「繋いでおかないとお前はすぐふらふらいなくなるだろ。18年前からそうだった」
「だからってこれはやりすぎだって。これじゃ家どころか部屋からも出られないし、着替えもできないよ」
「出る必要ないからな。着替えは俺が手伝ってやるよ」
慣れてるから任せてくれ、とかいってるけど全く任せられない。どんな羞恥プレイだ。手錠を外してくれれば万事解決なのに。
「たたでさえ迷惑かけるのに、こんなふうに繋がれてたらますますめんどくさいでしょ」
「あー、昔はお前が俺の世話焼いてくれたからな、その礼だと思ってくれ」
くそ、迷惑になりますから…作戦は効かないか。じゃあ次。
「人に見られたら通報されるよ」
「人の目にはつかねぇから心配するな」
犯罪者みたいなこと言ってる。実際これ犯罪だけどね、この悪魔には警察とか全く効果ないみたいだ。
じゃあ直球で。
「…お願いだから外して?」
「だめだって言ってるだろ」
だめだ、このおじさんまるで譲る気がない。最初は単なる冗談というか、18年いなくなってたことへのお仕置きだーくらいのことかと思ってたけど、どうやら違うらしい。
「…ま、日向の態度次第では外してやってもいいさ」
「態度?」
ぎしりとベッドが軋む、犯人は言わずもがな目の前の男。ベッドに腰掛けたダンテに顎を捉えられて、薄いブルーの瞳で射抜かれる。なんだか怪しい雰囲気だ。
「いい子にできたらな」
「…つまり、何をしろって?」
「薄々察してるだろ」
ぺろりと唇を舐めるダンテはかなりエロチックである。顎にかけられた指が不穏な動きで唇に触れた。嫌な予感しかしない。
「相手、してくれ」
「無理だよ」
やっぱりか。いくら18年後とはいえ弟分にこんなこと言われるなんてな、ぐらりと目眩がした。
「相手なんてダンテなら選び放題でしょ」
「ああ、もう選んではいるんだが。相手が頷いてくれなくて困ってる」
「諦めるっていう選択肢は?」
「あんたの手足が自由にならないってことと同義だな」
手首の鎖を弄びながらこっちの様子を伺っている。
「ダンテにこんなこと言う日が来ると思ってはなかったけど…わたし、かなり年下だよ。たぶん20近く」
「お互いR指定は超えてるだろ?それに同意の上だ、全く問題ない」
「そういうことじゃなくて…っていつわたし同意したの」
「何が不安だ?俺は優しいぜ」
「聞いてないです」
「優しいだけじゃ物足りない?」
「だから、言ってない!物足りなくない。いらない」
「俺は足りてない。ずっと求めてた。だからそろそろ観念してくれ」
いつの間にかベッドサイドの灯りは小さくされていて、部屋の中は薄暗い夕闇に包まれている。あからさまな雰囲気に抗議の声を上げようとすると、伸ばされた腕が肩を掴んでそのままベッドに押し倒された。見上げた先でやはりダンテは笑っている。
「18年オアズケされてたんだ。見つけた礼を貰ってもバチは当たらない」
笑いながら、ダンテの瞳は切実だった。その瞳を見ながら考える。18年間探し続けて、やっと見つけたわたしに対して、ダンテが本当に求めていること。彼が言うように肉欲的な繋がりもそうなのかもしれないけれど、おそらく、本当の根本的な望みは別のところにある。
「ねえダンテ、助けてくれたことは本当に感謝してるよ。ずっと探してくれたことも」
「なら褒美を貰ったっていいだろう?」
「別の形でならね」
手錠が付いていない方の手を伸ばす。さらさらと柔らかな髪の感触を感じながら、頭を撫でる。無意識だろうが目を細める彼、18年前と変わっていない。
「あんた以外はいらない。18年前から伝えてたはずだ」
「応えられないってことも言ったはずだよ」
「年下で頼り甲斐がなかったからだろ?今は違う。力もあるし日向を守れる」
「そういうわけじゃないよ。たしかに昔のダンテは危なっかしいところもあったけど、弱いわけじゃなかったでしょ」
「だが事実あんたを失うことになったんだ。だからこそもう手放す気はない」
…ああ、ダンテはダンテなりに責任を感じているのかもしれない。もともとは彼が向かうはずだった依頼に代打で行くことになったのがわたしだったから。大方自分が行っていれば、って思いながらこの十数年わたしを探してくれていたんだろう。そして漸く見つけたわたしをもう手放したくないんだろう。だから、だからこそ彼が本当に望んでいることも手に取るようにわかるのだ。
「ダンテ、わたしは鎖なんかなくてもいなくなったりしない」
「日向」
「そばにいるよ。18年分」
後悔しているのなら。傍にいたいと思っているのなら。
「約束する」
ダンテの瞳が揺れる、驚き、困惑、歓喜、激情。いろいろな感情を噛み殺して、ダンテは無表情で低く呟いた。
「…信用できないね」
「わたしが嘘ついたことあった?」
頭を撫でていた手を下ろすとがしりと掴まれた。
「ここにいるよ、ダンテが許してくれるかぎり、ずっと」
その言葉を聞いて、ダンテが逡巡するように目を閉じた。じっとその様子を見つめて、また開かれたブルーの瞳と視線がかち合う。お互い何も言わずに、けれど最後には大きくため息を吐いて、どさりとダンテがのし掛かってくる。
耳元で小さく呟くのが聞こえた。
重さに潰されかけながら、かちゃりと繋がれていた手が解放される。次いで呼ばれる名前に応えて、自由になった両手を彼の背中に回せばぎゅうと抱きしめ返された。18年前から変わらない、降参の合図だ。
「…わかった。鎖は外すよ」
「ありがとう」
「だが言葉だけじゃ代価にならないだろう」
「え?」
「キスの一つでも貰わねぇと」
またにやりと笑う。そのまま手の甲にちゅ、とキスをされて、疑う言葉とは裏腹にダンテの目はとても穏やかだった。今まで見たことがない。優しくて、愛おしいものを見つめるような。苦笑いしながら考える。
「キスはできないけど…そうだね、置いてもらうんだからご飯くらいは作るよ」
「ピザとストサンも?」
「相変わらずなのね。練習するよ」
それから?と促される。
「あとは…洗濯と掃除も」
「そりゃいいな、大助かりだ」
「買い物も、任せてくれるなら」
「一人では外に出るなよ」
「じゃあ一緒に行ってね」
勿論だと、今度は頬にキスをされた。
「他は」
「えーと…話し相手になる」
「朝まで熱く相手してくれる?」
「語るだけね」
「添い寝」
「……ダンテ、今いくつ?」
「別にいいだろ。減るもんでもない」
「…寝付けない時に背中叩くくらいなら」
「オーケイ、今自分が言ったこと忘れるなよ」
体を起こしてダンテが灯りを戻す。すっかり部屋の中には影が落ちているが、灯に照らされたダンテの顔は満足気だった。
「明日からよろしくな」
「こちらこそ」
「とりあえず今日はシャワーを浴びて寝ようか」
「もう?まだだいぶ早い時間だけど」
「俺は朝から仕事だったんでな。今日はもう店仕舞いだ」
立ち上がったダンテがくるりとこちらを振り返って手を差し出す。気障な仕草も様になっている、照れ臭いけど手を重ねればすっと立ち上がらせてくれた。