嫉妬
ふと振り返ると、彼女は店頭のディスプレイに目を奪われていた。なんだと近づいて見ると、モニターの中には話題の若手俳優。可愛らしい動物と戯れ合い笑う姿は確かに絵になっている。
普段の俺なら「最近はこういう奴が人気なのか」と歯牙にも掛けないが、恋人が夢中で見つめているとなれば事情が変わってくる。じっとモニターを見つめる日向はほっとけばそれこそいつまでも見ていそうな様子で、まるで俺の存在を忘れたようなその姿に自分の感情が波立つのがわかった。
「俺の方がいい男だと思うが」
声をかければ日向が振り返った。知らず知らず冷たい声になり、日向はは?とでも言いたげな顔をしている。
「は?」
ビンゴだった。
「恋人放ったらかしで別の男に夢中とは」
「別の男?」
「随分熱の籠もった視線だったな」
「何言ってるの?」
歩き出した俺についてくる日向は不思議そうに見上げてくる。その目には今は俺しか映っていない。少しばかり気分が回復するのを感じて大概自分も単純だと内心苦笑いした。だが表情は緩めない。
「待ってよ」
歩幅の違う彼女は小走りでついてくるが、俺はそっぽを向いたまま、パーキングでがちゃりと車のドアを捻った。
「ねえ、何怒ってるの」
「若くなくて悪かったな」
「急にどうしたの。気にしたことないけど」
日向が助手席に乗り込むやいなやぐいと体を引き寄せる。硬直した隙をついて熱烈なキスをお見舞いする。日向は目を見開いて抵抗するが、敵うわけがないのは百も承知しているだろう。必死の抵抗を抑えて激情のまま貪った。
しばらくして日向の抵抗が弱まったのを確認すると、ちゅっとリップ音を立てて唇を話す。息絶え絶えといった様子の日向、真っ赤な顔で震えているが、未だに状況が飲みこめないでいるようだ。
「キスだけでこんな風になっちまって」
「はあっ、な…?」
「人の気も知らないで」
「なに、いって…」
まだ何のことかわからないらしい日向は頭に疑問符をいくつも飛ばしている。まあ確かに俺の勝手な嫉妬ではあるが、だからといって恋人とのデート中に別の男に見入ることはないだろう。俺の方を構えよ、そんな子供っぽい独占欲だが、一度火がつけば止まらなかった。
日向のシャツを捲り上げ、隙間から手を這わすと途端に悲鳴が上がる。
「わっ!?ちょっとやめて!」
「ん?」
「ここ!外!人が来る!」
「見せてやればいい」
「絶対、いや、」
ぐぎぎと再び抵抗の形をとってくる往生際の悪いお嬢さんに俺は舌打ちを一つ。見えないようにリクライニングを操作すると、がたんと勢いよくシートが倒れた。反動で頭をぶつけたらしい日向から途端抗議の声が上がる。
「いたっ…ちょっと!」
「悪いな」
「思ってないでしょ」
「まあな」
「どいてってば」
「いやだ」
「お腹、重い。苦しい」
「諦めな」
「もう、ダンテ!」
ぱんと両頬を挟まれ顔を固定される。痛みはないが若干気が削がれ、眉根を寄せたまま日向を見下ろす。
「なんだよ」
「こっちの台詞だよ。どうしたの?」
「わからないのか?」
「わからないよ」
「…」
「何か気に触る事してたなら、謝るよ。ごめんね」
頬の手が首に回され、ぎゅうと抱きしめられた。柔らかい体に馴染みのある温もり。いつもの匂いと抱き心地に、流されまいと思っていても、気づけば俺も日向の体を離れないように抱きしめていた。自分の単純さに、深い深い溜息が溢れる。
「…謝ればいいと思ってるだろ」
「思ってないけど、わたしのせいでダンテが怒ってるなら謝らないと」
「理由もわからないくせにか」
「教えてくれないからでしょ」
俳優に嫉妬していたなんて情けない理由を今更伝える気にはならなかった。日向は未だによしよしと頭を撫で続けていて、心地いいが段々と気恥ずかしさを感じる。
「…はあ、もういいさ」
「いいの?」
顔を上げるとこっちを見つめる日向は何故か笑顔。なんで笑ってんだよ。
「え、あ、笑ってた?」
指摘するとだってと続ける。
「さっきテレビでやってた犬の甘え方がダンテそっくりで」
「は?」
テレビ?犬?
それって、まさか。
「あの俳優が出てた」
「俳優?ああ、彼の番組らしいからね。それよりも相手していたわんちゃん見た?擦り寄ったり甘噛みしてきたりするの、ダンテにそっくりだったんだよ」
可愛かった、ダンテもこんな風に甘えてくるよなあと思って。つい見入っちゃった。
嬉しそうに笑う日向を見下ろしながら、俺は呆然とする。ということは、さっき見てたのはあの俳優ではなく、俺に似た、犬?
「…まじかよ」
「なに?」
「いや…こっちの話だ」
衝撃の事実に溜息をついて、日向の体を抱き起す。
「ダンテ、大丈夫?」
「なにが」
「なんだか今日は落ち着かないみたいだから」
「…まあな。あんたのおかげで本当に退屈しないよ」
それはこっちの台詞だよと笑った彼女は、それから帰ろうと微笑んだ。エンジンをかけたところでふと呟く。
「…今度からは本物に見惚れてくれよ」
「本物?」
「あ」
「…もしかして、ダンテ、妬いたの?」
はっと我に帰る。墓穴だった。なんでもないと告げるが、しかし時すでに遅し。日向が驚いた顔で、けれど次の瞬間にはふふふと笑う。
やり切れない気恥ずかしさに歯噛みしていると、そういうところも可愛くて好きなのだと、珍しく彼女の方から頬にキスを受けた。