下着
「色気がない」
不満げに呟かれた言葉にわたしは破顔する。シャワーを浴びて事務所で一息ついていると、同じくシャワー後のダンテがわたしを見るやいなや一言。
「余計なお世話」
「興奮しない」
「しなくていいよ」
シャワー後のわたしはネイビーのシャツワンピースを着ている。それなりにスタイルが浮き出るものだけど、ダンテは気に入らないらしい。舐めるようにわたしを見つめるダンテの視線から逃れるようにソファに腰掛ける。すると扉に寄りかかってため息をついたダンテもこっちに移動してきた。
「ベビードールくらい着ろよ」
「くらいって、ハードル高いよ」
「買ってやろうか」
「いらない。それよりダンテこそ服を着て」
人のことを色気どうこう言うだけあって、確かにお風呂上がりのダンテはセクシーすぎた。というのもビキニパンツ一枚に首にタオルを掛けただけ。普段から大人の男性の色気が溢れる彼、シャワー後は一層その色香が強くなる。目のやりどころに困る格好で、更に距離を詰められてわたしは思わず明後日の方向を見る。
「そのシャツの下、俺が送った下着着けてるんだろうな」
「着るわけない」
「なんで」
「あれは下着じゃないよ。ただの布切れ」
赤い、彼の色をした下着もどきを思い出す。信じられないほど布面積の少ないそれは、試着してみる気にもならなくて未だにチェストの奥の奥にしまってある。たぶんあれを身につける日は永遠に来ないだろう。
「見たいな」
「嫌だよ」
「日向」
「いや」
「どうしても?」
「どうしても」
「なあ、頼む」
「いやだ、ちょっと、来ないで」
「お願いだ」
こうなったダンテはしつこい上にタチが悪い。いつのまにかソファの隅っこに追いやられて、体の両脇に腕を突かれて逃げられなくなる。見上げた先でまだ湿ったままの銀糸からぽたりと水滴が落ちてきた。シャツのネイビーが一層濃くなる。
「俺のわがまま、いつも聞いてくれるだろ」
「昔のダンテならね。今はあなたの方が年上だし、騙されないよ」
「騙す?冷たいこと言わないでくれ、傷つくな」
「しおらしくしてもだめ。今日はとっても疲れてるの。それにほら、わたしじゃなくても、お望みの格好してる人は雑誌やらポスターやらにたくさん溢れてるでしょ」
なんならトリッシュだってそうだ。一緒にされるのは御免である。
「一緒になんかするかよ。あんたはまるで別物だ。あんたが着るから意味がある」
真剣な顔で言っているけれど頼んでいる内容が内容だから全く響かない。だいたい何日連続で相手していると思っているんだ。そろそろ静かに寝たい。
やれやれと溜息をついてダンテを退かして、ソファから立ち上がる。
「どこ行くんだ?」
「ベッド。もう寝るね」
不毛な会話を無理やり終わらせて寝室に向かう。ダンテは不満そうな顔をしていたけれど渋々引き下がった。かに見えた。思えばあのダンテがこれしきのことで自分の意思を曲げるわけはなかったのだけど、眠さ故にわたしは油断していたのだ。寝室でベッドに腰掛けふうと一息つく。
「隙だらけだぜ、お嬢さん」
「わっ!?」
音も無く侵入して、気配を消したダンテに気付かず、アラームをセットしていたわたしから時計を奪うと、ベッドサイドの灯りも消される。そのままずるりとシーツに引きずり込まれて、ここまでの鮮やかすぎる手際にわたしは抗議の声を挟むこともできなかった。
「ダンテ、離して。アラーム」
「起こしてやるよ」
「ダンテの方が起きるの遅いのに…って、ねえ、服は?」
「これから脱ぐのに必要ないだろ」
後ろから抱きしめられて、自分のとは異なる太くて逞しい素肌に振り向こうとしたところで、ごり、と尻のあたりに何かを感じた。ぴたりと動きが止まったわたしを可笑しそうに笑うと、今度はダンテの足がわたしのそれに絡まる。そのままゆるりとダンテの腰が揺れて、尻に埋まる硬いその感触に一瞬にして顔に熱が集まるのがわかった。
「ちょっと、やだ!」
「おいおい、元気だな」
「はなして!」
「嫌だね」
「変態、悪魔!」
「その通り」
ぷちりと今度は体の前で不穏な気配。見ればダンテの手が器用にシャツの3つ目ボタンを外しにかかっているところだった。
「あ、だめ!」
「日向が冷たいから傷ついたんだ。癒してくれるよな」
「うそ、あれで傷つくような人じゃないくせに!」
「ほらまたそういうこと言うだろ。悲しいな」
「ひっ」
シーツの下、お腹まで捲られた裾から空いた手が侵入してくる。するすると脇腹を撫でられ、肌が粟立つ。ボタンを外し終えた手が前を開き、尻には相変わらず硬いものが押し付けられ、首元には熱い息と薄ら笑いを絶えず感じている。すっかり翻弄されて、ああ、もう。
「わかった、着るから」
「ん?」
「下着!着るからやめて」
このセクハラ行為に屈するのは屈辱だったが、これ以上許すことは絶対にできない。半ば叫ぶように伝えるとあっさりとダンテは離れていった。
「待ってるぜ、お姫様」
「…はあ」
シーツを広げてにやりと笑ったダンテはくるりと反対側を向いた。そういうところの配慮はできるのに、どうして根本的なところではああも快楽主義なんだろうか。大きな溜息をついて、シャツを整えてからチェストに向かう。こんなことならさっさと燃やすなり捨てるなりすればよかった。
後悔しながら奥底から引っ張り出した下着を見つめる。これ、どうやって着ればいいんだろう。どこに胸が収まるのかわからない。なんせ穴だらけだから。
「まだか?」
「まだだよ」
ちらちらと振り返るダンテにクッションを投げつける。この様子じゃいつ痺れを切らして襲われるかわかったものではない。
「ダンテ」
「ん?」
「着方がわからない」
「そりゃ困る。着せてやろうか?」
「うん」
「うん…うん?」
ばっとこちらを振り返ったダンテの目が大きく見開かれている。
「本気で言ってるのか?」
「うん」
「…何を企んでる?」
「企んでないよ」
じっと伺うように見つめるダンテに肩を竦める。
「嫌?」
「まさか。もちろん任せてもらうさ、仔猫ちゃん。おいで」
ようやくにたりと笑ったダンテが手を広げる。のろのろとベッドに戻り、体を起こしたダンテに背を向けて座ると背後から手際よくボタンが外される。
「下着貸して」
「ん…」
「いいね。我ながら最高のチョイスだ」
手渡した下着を満足気に見つめ、それから肩に引っかかっているだけのシャツをすべり落とした。その瞬間、勢いよく振り向く。むき出しになった胸と下着に目を奪われたダンテ、その一瞬の隙をわたしは見逃さない。
「えい」
「んっ?」
とすっとダンテの首元めがけて。
ぐらりとダンテの体が傾く。そのままどさりとベッドに倒れたダンテは、瞼を震わせながらこっちを睨みつける。
「…っ!何した…!」
「ごめん、今日はそのまま寝て」
「ふざけ…んな」
打ち込んだ聖水効果のある麻酔針をサイドボードに置くと、ダンテがshitと憎々しげに呟いた。チェストに1つ入れておいたもの、たまたま見つけてラッキーだった。もちろん本来はダンテ用じゃなくて襲撃されたとき用のものだけど。祈りが篭ったものを直に打ち込んだから、いくら半魔でも相当効くだろう。
服を正してシーツに潜り込み、今にも目を閉じてしまいそうなダンテを抱きしめる。
「たまにはただ静かに寝ようよ。昔みたいに」
「…」
伺うようにこちらを見つめる瞳。かなり眠そうだ。胸元に抱き寄せた頭を数度撫でて、ダンテの目が閉じられたのを見届けてから、改めて彼の体を抱きしめ直す。暖かい。ここのところ連日の依頼と夜の営みで参っていたところだし、たまにはこうして静かに寝たってバチは当たらないだろう。目を閉じれば心地よい温もりと安心する匂いに眠気はすぐに訪れる。
「おやすみ、ダンテ」
意識が落ちる間際に、明日、覚悟しとけなんて言葉がかすかに聞こえた気がしたけれど、聞かなかったことにしておこう。