初夜
ぎしりとベッドが軋む。体に触れればびくりと肩が跳ね、さっきから視線も合わないままだ。緊張でがちがちに固まっている日向に苦笑いしてしまう。先が思いやられるな、と内心思いながら、それでも引く気は少しもなかった。
その態度も男を煽るだけだと追い追い教えなければ、だが今はただその体と一つになれる喜びを噛み締めることを優先する。
背に回した手でぷちりと下着を外す。締め付けから解放された日向がふっと息をついた。
「あ…」
「かわいい」
胸の先を尖らせた舌先で嬲る。すでに泣きそうな顔をしている日向、真っ赤になった顔で、だが目が離せないといった様子で俺の行動を見守っている。自分が与える刺激一つ一つに律儀に反応を返す日向が愛おしい。
窮屈にしているボトムのジッパーを下げると、日向がぼんやりとした目で俺を見上げた。体を引き寄せ、抱き起こす。胸元に凭れさせたまま、ぐいと己の下着から自身を取り出すと身を委ねていた日向がはっと目を開いた。慌てて目を逸らす日向の手を取って、俺の手を重ねたまま自身に触れさせると、日向が息を飲むのがわかった。彼女の手ごと握り込ませる。どくんと素直に脈打つ自身に苦笑いしつつ、同じくびくりと体を震わせた日向の額にキスを落とす。
「…いやか?」
静かに声を落とせば日向が俺を見上げた。羞恥と困惑で限界まで顔を赤くした彼女は、何も言えずに俯く。わざと熱い息を零しながら、もう一度キスするとゆっくりと手を動かし始めた。
「んっ…」
柔らかな手のひら、己のものとは全く違う。これまで経験してきた女とも。慣れないが故に握り方も動き方もぎこちない。本当は離したいのだろうが、上から重ねられた俺の手と、彼女自身も恐らく気付いていないだろう情欲が行為をエスカレートさせていく。徐々に速く、強くなる動きに、日向が耐えられないと俺の胸元に顔を寄せる。
見る間に溢れてきた先走りに日向の手が汚れる。手を離すと、彼女の手も止まる。握ったままどうすればいいのか戸惑っている日向の耳元に、動かして、と、そっと囁く。日向は胸元に埋めた顔を少しだけあげて、それからまた目を閉じた。
「っ、…ああ、そう…上手だ」
日向の手が独りでに動き出して、俺の声に導かれるままに自身を刺激する。抵抗感は消えていないらしく、頑なにそちらを見ようとはしない。けれど俺の零す息と増していく熱と硬度に翻弄されているようで。こくりと控えめに息を飲む音が聞こえた。
「あっ…!」
握りしめた掌が食い込むほど強く、日向はきゅうと目を瞑った。ぽろり、反動で涙が零れ落ちる。それから、堪えていたものが決壊したかのように、次から次へとシーツに吸い込まれて行く。
「日向」
「あ、う…」
「息をして、…大丈夫だ」
手を握ったまま、空いた片手で宥めるように体を撫で摩ってやる。繋がれた手に力が篭る。
「日向、日向」
「は、あ、…や」
「日向」
額を付き合わせ何度も名前を呼べば、漸く日向が薄っすらと目を開いた。止め処なく溢れる涙に潤んだ瞳が、俺を捉える。たしかに俺だと認識させるように短いキスを顔中に落とすと、日向が震える声で俺を呼んだ。
「だん、て」
「ああ、日向。俺だ、ここにいる」
「ダンテ…」
苦痛に顔を歪めたまま、だが健気に俺の名前を呼び返す日向に、柄にもなく俺の胸まで締め付けられた気分だった。
「ダンテ」
「うん」
「ダンテ、ここ、に、あなたが…」
そっと下腹部に手を当てて、日向が泣きながら微笑んだ。涙に濡れて、それでも幸せそうに微笑む。どうしてこんなに、か弱くて強い存在が。
「う、うごいて」
「日向」
「がまん…しないで」
日向が感じている痛みは俺も同等に感じている。異物を押し出そうとする中に日向を気遣う余裕はあっても、いつまでも耐えられるわけではなかった。慈しみたいと思う気持ちと同様に、自分の中に確かにある凶悪な感情が、早く欲しい、早く壊してしまえと叫んでいる。無視し続けるには強すぎる欲望だ。それに日向は気づいていた。こんな時でも俺のわがままな思いを汲もうとする日向に、どうしようもなく愛おしさは募るばかりだった。
「…動くぞ」
「ん…」
「辛かったら、」
言いかけて、言葉を飲み込んだ。辛くないわけがない。最初から。
「大丈夫」
「でも」
「大丈夫…ダンテ」
痛みではなく快楽を与えたい。そう思っているのは自分だけではない。強張ったままの体とは裏腹に、浅く息をしながら体を震わせる日向。これ以上日向の思いを無碍にするわけにはいかない。
「……いくぞ」
「ん、ん…!」
はあと大きく息をついてからゆっくりと腰を動かす。かたかたと震える体を見下ろしながら、たったワンストロークで高まる熱に呆れた。未知の感覚に震える日向を怖がらせないように、絶え間なくキスを落としながらゆるりと腰を戻す。
痛みを感じる締め付けに俺も歯を食いしばりながら、そうすることでなんとか滅茶苦茶にしたい衝動を押さえつけた。この締め付けを振り払い、好き勝手動かせたらどれだけの快楽が得られるか。想像するだけで背筋を走る悪寒を、必死に息をする日向を見てなんとか宥める。漏れ出るのは嬌声ではなく苦痛を耐える呻きばかりだ。日向だけが俺を繋ぎとめていた。
「は、あっ…」
「っ…っ…あ」
つるりとした瞳が、濁りのない無垢な瞳が俺を見上げる。この目が、欲しかった。ずっと、恋い焦がれていた。
「ああ、日向」
「ひっ…ん、ァ」
一瞬、日向の声に色が混じる。聞き逃さず反応したところを重点的に攻めると首を晒して背を反らした。
「や、ア!」
「ここ、イイ?」
「あ、だめ…だめ」
緊張とは違う震えが日向を追い詰める。わけもわからず突然押し上げられる感覚についていけない日向は必死に俺に縋り付いた。追い詰めている張本人に。
頭の芯から溶けるような圧倒的な快感に自然と上がる口角。いいところを狙い腰を打ち付けると、いよいよ日向が頭を振り乱し、やめてくれと叫んだ。
「日向、」
「ひ、ダン、テ…っ」
一際強く打ち付けると、声にならない声をあげて、日向の体が痙攣した。ぴんと伸びた足先まで震えている。想像以上の締め付けに、慌てて奥歯を噛み締め、持っていかれそうになる刺激を堪えた。余韻が続くナカの感覚をなんとかやり過ごして見下ろすと、日向はもう息絶え絶えといった様子で四肢を投げ出している。
激しい欲求ではない。ただ相手を思いやる、それだけの単純な感情。たしかに繋がっていると思える。これから先、日向を抱く度に心を洗われるような思いをするのだろう。そう考えて気づく。
そうだ、これから先、ずっと長い間。この先の俺の未来には日向がいる。日向の未来にも俺がいる。それが如何に幸せなことなのか、胸の中に溢れる多幸感に溺れてしまいそうだ。
想像以上だ。日向はどこか冷静な頭でそう思った。俯瞰している自分がいる。けれどその余裕は一瞬で奪い去られた。
「他のこと考えてる余裕があるのか?」
「あ!」
勢いをつけて叩き込まれた杭に思考は一瞬で霧散する。必死に掻き集めた理性が散り散りになり、ただ声を上げるだけしかできない。
丁寧に、傷付けないように触れられている。大切にされているのか痛いほど伝わってきて、思わず涙が滲んだ。途端に痛かったか?ごめんなと慌てるダンテはやはり優しい。触れる指先も囁く声も、悪魔でありながら笑ってしまうほどわたしを気遣ってくれている。
ただ愛したい。彼から与えられるからではなく、自分の中から溢れてくる感情の先に彼がいる。それはごく自然なことで、そして彼も同じように思ってくれていることこそが至上の幸せなのだと日向は思っている。
決して己の欲を満たすためだけではない、心を繋ぐための行為であると日向は理解していた。快楽主義のダンテが同じように思ってくれているのかは日向には計りかねるが、例えそうではなくても日向にとってこの行為は愛情表現以外の何物でもなかった。愛し、愛されていると手を、体を、心を繋ぐたび思う。暖かなものが胸のうちから溢れ出し、それは涙や言葉となって外へとこぼれ落ちていく。
「ダン、テ」
名前を呼べば顔を寄せてくれる。優しくキスしながらどうしたと尋ねる声も、頬に添えられる手も、身が溶けそうなほど暖かい。
「、あい、し」
涙と一緒に溢れるのは幸福以外の何物でもない。