3-2
聞き慣れない声に目が覚める。見慣れない天井を見つめて、ああ、そうだダンテのところにお世話になるんだった、と昨日のことを思い出す。昨日はいろいろなことがあって、目覚めた今ももしかしたら夢なんじゃないかと半分思っているが、身につけている昨日袖を通した覚えのあるシャツを見て、ああやっぱり現実かと認識する。
それにしても誰の声だろう。欠伸をしながらベッドから降りる。下の階から聞こえてくる話し声、1人はダンテだろう。もう片方はお客さんだろうか。こんな朝早くから?ダンテが起きている間が開店時間とは言ってたけど、それにしてもまだ朝早い時間だ。18年前のダンテは随分自堕落な生活で、起床が昼近くなんてこともざらにあったけれど改善されたのだろうか。
そっと寝室のドアを開け、事務所の方へ向かう。寝起きの姿でお客がいる事務所を通るのは気がひけるが、洗面所は事務所を挟んでいる。仕方ない。そろりと事務所に繋がる戸を開けると、中には想像通りダンテと、どうやら若い男の子が何かを懇々と話し合っている。
「じゃあ目を覚ましたのか」
「おかげさまでな」
「今は?」
「寝てる。俺のベッドでな」
こちらに背を向けているから男の子の表情はわからない。けれどたぶんわたしの話をしているのだろう、だいぶ脚色をつけて。昨日は熱い夜だったからななどというダンテの言葉に男の子が肩を竦めた。
「そりゃ結構」
「惚れるなよ」
「惚れねーけど。あんたにそこまで愛されるような奴か…。興味はある」
「面白いやつだぞ」
「まだ起きて来ないのか?」
「さっきからそこにいる」
ひょいとこちらを指さされ肩が跳ねた。男の子もえっと声を上げる。気付いてた?いつから?
「日向、おいで」
無意識に後ずさった足がぴたと止まる。名前を呼ばれて、確信を持って言われれば仕方がない。黙って話を聞いていたこと、寝起きの格好、気恥ずかしさを堪えながら静かにドアを開くとダンテが笑顔でおはようと声をかけてきた。白々しいな。
「お、おはよう…」
「よく眠れたか?」
「ああ、うん、おかげさまで」
「ネロだ。デビルハンターをしてる」
手招きされてダンテの隣に並ぶと、対面していた男の子がしげしげとわたしを見つめた。男の子、といってももう立派な青年だ。ちょうど18年前のダンテと同じくらいだろうか。銀髪碧目、それも昔のダンテと被って見える。
「とりあえず、顔を洗っておいで」
「あ…うん」
ぺこりと頭を下げて洗面所に向かう。2人の視線を背中に感じながらドアを閉めると、また何やら声が聞こえてくる。
「あんたより年上?見えない」
「今は俺の方が年上だな」
「どういう…未成年?」
「ネロお前、俺をなんだと思ってる」
「手篭めにするのか」
「人聞き悪い事言うな。愛し合ってる」
ロリコンだの犯罪だの不穏なワードが飛び交う事務所を背に、1人溜息をついた。
「はじめまして、日向です」
「ネロだ。よろしく」
身支度を整えて事務所に戻ると、改めて2人に出迎えられた。差し出された手を握る。大きい手だな。銀色の髪と穏やかなブルーの瞳。やっぱりダンテに似てる。
「親戚?」
「まあな」
「おい、適当言うなよ」
ネロくんはダンテを嗜めるけど、あながち間違いでもなさそうだ。右腕とか明らかに悪魔のものだし、ダンテの子どもっていっても納得できるような気がする。ダンテなら子どもの一人二人いても不思議ではないし、納得。
「お前がいるのに他でガキ作るわけないだろ」
「何も言ってないよ」
「顔に書いてある」
ぐりぐりと眉間を押された。心読むのやめてほしいな。ネロくんは複雑な表情でこっちを見つめていた。
「ごめん、冗談」
「別に、気にしてねぇよ」
「えーと…ああ、そうだ。ネロくんがわたしを起こしてくれたんだっけ?」
傍に置かれた日本刀に目を向けると、ネロくんはこくりと頷く。かちりと鯉口を切って刃を見せてくれた。
「閻魔刀。人と魔を分かつ力がある」
「へえ…」
「あんたにくっついてた悪魔をこれで無理やり引き剥がしたんだ」
「引き剥がす?どうやって」
「…」
「ん?」
「あんたを串刺しにした」
「え」
なんて?
「腹の辺りに少し痕が残ってるかもしれない」
「え、あ…」
「大丈夫だ、ほとんどわからねぇから」
するりと脇腹に手を回したダンテから距離を取りながら、自分でもお腹を摩る。寝てる間に腹ぶっすりとか、うう、なんだかな。若干お腹痛くなってきた気が。
「うまく引き剥がしたつもりだったけど、実際にあんたが起きてみないと、本当に引き離せたかわからねぇから。今日は様子を見にきたんだ」
てことはダメそうだったらもう一回串刺しにされてたかもしれないということ?恐ろしすぎるんだけど。
「大丈夫です、ありがとう」
「変なとこないか?」
「うん、平気」
何かあったら教えてくれ、というけど、間違ってもいわないだろう。ダンテもうんと頷く。
「悪魔の気配も感じないし、大丈夫だろう」
お前の仕事は確かだからな、そう続けられてネロくん、ちょっと嬉しそう。「当たり前だ」なんてぶっきらぼうな言い方してるけど照れ隠しだろう。
微笑ましくて少し笑ってしまうと、ダンテにぐいっと引き寄せられた。なに?と見上げるより早くがっしりと両頬を固定されて、じっと見つめられる。静かなアイスブルーの瞳。ネロくんも訝しげにダンテ?と声をかける。
「油断も隙もない」
「は?」
「他の男に色目使うな」
「何言って…ふがっ」
眉間にシワを寄せたダンテ、きゅっと鼻を摘まれて変な声が出た。やめてよと手を払う。
「…仲良いな。邪魔なら帰るぜ」
「おう、悪いな」
「ダンテ!」
今度はお返しにダンテの鼻をつまんでやる。
「お茶くらい飲んでいって。わざわざ来てくれたんだよね」
「またそうやって世話を焼こうとする」
「お客様なんだから当たり前でしょ。ねえ、紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「コーヒー」
「ダンテじゃなくて。ネロくん」
「じゃ、紅茶」
ネロくんがふっと悪戯っぽく笑った。ダンテは悔しそうに舌打ち。なんだか昔のダンテが2人いるみたい。
キッチンでカップを3つ。それからお湯を用意していると、ネロ君が手伝うとやってきた。
「いいよ、座ってて」
「あんたと少し話してみたいんだ」
手を止めネロ君を見つめる。ネロくんはさりげなくわたしの手から茶葉を取ると、スプーンに掬い、そのままポットに入れる。
「どういう意味で?」
「そのまま。あのダンテが気に入ってるっていうから、どんな人なんだろうなって」
「昔からの知り合いってだけだよ」
「ダンテのあんなガキっぽいところ見たことないぜ」
「ん?」
「嫉妬してたろ、俺に」
「…あ、嫉妬か」
確かにさっきのはそうかもしれない。
「いつも余裕かましてるくせに、あんな風に…面白いもんを見たよ」
「はは、そうかもね」
「あんた、結構やるな」
昔馴染みってだけだよ、と肩を竦めるとネロくんは何か意味ありげな視線をこちらに寄越した。
「ただの昔馴染みに嫉妬するか?」
「さあ。今のダンテが考えてることはよくわからないから」
手伝ってくれてありがとうと告げて、お茶受けのクッキー(キッチンの棚に入っていた)と一緒に事務所に持っていく。と、キッチンの戸を開けたすぐそこにダンテが佇んでいて、思わずカップを落としそうになった。
「何してるの」
「変なことしてねぇかって」
「誰がするか」
「口説いてたろ」
「何もないよ」
不満げに口を尖らせるダンテに構わず事務所に向かう。