悪意
困ったねぇなどと言いながら微塵もそうは見えない。この辺に他のモーテルありますか?などと呑気に聞いている日向を横目にキーを受け取る。どう反応するだろうか。ぐいと腕を引っ張りフロントを離れる。
「えっダンテ?」
「野宿はゴメンだ」
「でもシングルだよ」
「雨の中寝るよりマシだろ」
エレベーターに彼女の体を押し込みボタンを押す。ぐんと登り始める感覚に、日向はぽかんと口を開けたまま、かと思えば状況を理解したらしくぐっと黙り込む。らしくない。さっきまではあんなに呑気だったくせに。怖気付いたか?ベイビーちゃん。そう揶揄っても良かったが、ポンと鳴る到着音に大袈裟なほど肩を震わせる日向が意外と緊張しているのだとわかってやめた。
「まあ、こんなもんか」
キーに刻まれたナンバーと同じドアを開く。そこそこ、小綺麗な部屋だ。もちろんベッドはシングルだが。
「…」
部屋に入ってから、日向は一言も発さない。ライトの付け方も間違え、僅かな段差に躓くところを見るとやはり相当動揺しているらしい。なんとなく距離を取る日向に、荷物を置きながら笑いかける。
「前は一緒に寝てただろ」
「それは…っ、弟みたいに思ってたから」
「今は違うのか」
「当たり前だよ」
18年前はまるで男扱いされなかったが、今は別らしい。内心進歩を感じつつ、表には出さないで余裕ある振る舞いを心掛ける。
「とりあえず、シャワー浴びてこい」
「しゃ…」
タオルを渡すとあわや落としかける。
「おいおい、大丈夫か?雨に打たれたろ。そのままだと風邪引くぞ」
「…!あ、う、うん」
「一緒に入ってやろうか」
「け、結構!」
そそくさと脇を通り抜けてバスルームにこもった日向を見送り、椅子に腰を下ろした。
やれやれ、どうなることかと思ったがとんだ役得だった。知らず口角が上がる。雨に感謝だな。いや、呑気に依頼についてきた日向の警戒心の低さにか?
「あ、ありがとう…」
「早いな」
「だ、だって、ダンテも濡れてるし」
程なくしてバスルームから出てきた日向は、肌を晒すことのないようにしっかりとバスローブを着込んでいる。反して髪はまだ濡れたまま。ぽとりと雫を落とす一房を掬い上げると、またすぐに距離を取る。少し面白くなってその後を追うと後退り、数度繰り返すと簡単に壁際まで追い詰められた。
「ダンテッ…」
「ん?」
「しゃ、シャワー…!風邪引く」
「日向が暖めてくれよ」
意識して耳元で甘い声で囁くと、顔を真っ赤にして固まった日向の反応は想像通り、素直でますます楽しくなってしまう。新鮮だ。もう少し遊びたい。だが、ここで追い討ちをかけると拗ねてしまうかもしれない。この辺にしておくかとちゅっと頬にキスだけ落として体を離した。すかさず俺から離れた日向。顔を真っ赤にしてこっちを凝視している。
全く、初心すぎるのも考えものだな。肩をすくめてベッド使っていいぜと伝えてシャワールームに向かう。
さて、出てきてからが楽しみだ。
「マジかよ」
日向はソファで丸まっていた。ゆっくりシャワーを浴びたせいで時間もかかったが、近づいてみると驚くことに彼女はうとうとと微睡んでいた。顔を覗き込んでも起きる様子はない。
「…食っちまうぞ」
さっきまでの様子から鑑みて相当緊張して待っているだろうと思っていたが、あまりの危機感の欠如に苦笑いしてしまった。襲われる前に寝てしまえということかもしれないが、幾ら何でも無防備すぎはしないか。やれやれと肩をすくめて日向の肩に触れる。ぴくりと跳ねたが、起きる気配はない。
18年前なら一緒に寝ることもざらにあった。寝ている彼女のベッドに潜り込み、気配に気づいて彼女が起きても追い返されることはほとんどなかったように思う。背中合わせで寝ることもあれば、抱き枕のように引っ付いて寝ることもあった。
だが18年後の今。ダンテはダンテでも俺も彼女もやはり過去のダンテとは別人だと思っている。だからこそ意識しているんだろう。昔の俺が彼女にとって心を許されていたことに嬉しさを覚える反面、かすかな嫉妬もする。だが今、明らかに異性として意識されていることを思えば、これもこれで悪くはない。
起こさないように静かに彼女の体を抱き上げる。そのままベッドまで移動して、ゆっくりと横たえる。自分もベッドに乗り上げれば、ぎしりとスプリングが軋んだ。目を覚ます気配はいまだにない。
「…おきねーの?」
ぷに、と頬を指でつつく。むっと眉間にシワが寄るが、目は開かない。微かな寝息を立てて寝こける。ふうと1つため息をついてから、彼女の体の上に馬乗りになった。じっと見下ろす。
白い首筋。長い睫毛。小さく開かれた唇。
「…据え膳食わぬはなんとやら…だな」
寝顔を見つめながらぽつりと呟いた言葉は、果たして彼女に届いていたのだろうか。