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「食えるか?」
戻ってきたおじさんの手にはデリバリーのピザ。もう一人のおじさんはいない。わたしは少しそちらを見たまま、依然ベッドの上から動けずにいた。
「…どうした、気分でも悪いか?」
少なくてもいい気分ではない。黙ったままのわたしに、近づいてきた男が顔を覗き込む。ブルーの瞳、無精髭の生えた顎。さらりと揺れた銀色の髪。
そんなことあるわけない、のに。
「…その新聞」
「…ああ、読んだのか。面白い記事でも」
「未来のことが書いてあるのはどうして?」
困惑しきった目を向ける。
「だって今は19××年でしょ。その新聞の日付、20年近く先のものになってる。あなたが作ったの?」
「俺がこんな字ばっかりのつまらねぇニュースペーパーなんか作ると思うか?」
「じゃあどうして?人も事件も知らないものばかり、知ってる人はみんな歳をとってる!これってどういうことなの」
怯える子どものように矢継ぎ早に問い詰めるわたしに、おじさんはやれやれと持ってきたピザの箱をテーブルに置いた。それからベッドに腰掛け、じっとわたしの顔を見つめる。視線に耐えきれず、思わずわたしが新聞を握り潰そうとすると、そっと手のひらが重ねられた。覚えのある温もりに、胸が震える。
さっきから嫌な予感が頭をよぎっている。そんなことあるわけないけれど、まさか。おじさんの口から、答えが聞きたいようで聞きたくない。聞くのが怖い。どくどくとうるさい心臓の音、きゅうと手のひらを握るおじさんの手に力が込められた。顔を上げると、おじさんが真っ直ぐわたしを見つめていた。
「信じられないかもしれないが」
「…」
「ここはお前が知ってる世界の18年後の世界だ」
「は……」
「お前は18年間悪魔に囚われてた。その間ずっと眠ってたんだ」
18年、後?
「覚えてるか?お前が最後に向かった依頼」
「古ホテルの…ナイトメア?」
「それだ。だが実際にはナイトメアじゃなかった。時を操る悪魔だ」
悪魔に当てられ、お前は18年間時を止められ眠っていた。俺は姿を消したお前をずっと探してたんだ、とおじさんは淡々と告げる。
18年?眠ってた?わたしが?
まるで受け止められていない。頭の中は真っ白だ。だって、最後の依頼って言ったって、それは昨日の出来事だ。朝起きて、ごはんを食べて、事務所に寄ってから依頼に向かって。それだけ、いつもと同じなのに、なのにそれが全部18年前のこと?そんなこと、あるわけない。認められない。認めたくない。あってたまるか、そんなこと。
バフっと音を立ててベッドに横たわる。おじさんが慌てたように声をかける。おい、どうした。ショックで倒れたのか、いろいろ言っているけど、そのままシーツに潜り込む。ああ、もう、わたしだってわからない。このままもう一回眠れば、次起きた時は普通にダンテが横にいて、変な夢みたって笑って…そうか、夢。これはナイトメアが見せてる夢だ。ぎゅうと頬を抓る。痛い。夢じゃない。
「おい、大丈夫か」
心配そうな声、その声は確かにダンテと同じ。そっとシーツから顔を上げる。こちらを見つめる優しいブルー。困ったような表情。年が違うとはいえ、覚えのあるそれらは、やはり彼と同じもの。
ああ、信じたくない、信じられない。
だけど、
「……ダンテ?」
か細いそれはシーツの擦れる音より小さくて、でも彼にはしっかり届いたようで。ばっとシーツを剥ぎ取られ、慌てるより早くまたぎゅっと抱きしめられる。
「日向」
信じられない、だけどやっぱり、この男は、
「ダンテ」
18年後の、ダンテなのだ。
心底嬉しそうにああ、日向と繰り返し頬を寄せるダンテ。髭がくすぐったい、でもこの甘え方もなにもかも、間違えるはずがない。ダンテだ。だいぶ年をとったようだけど。
今度こそ本当に意識を手放したくなる、けれどシャツの下に不穏な動きを感じて意識が覚醒する。なにを、そう思った時には組み敷かれていて、ダンテの顔が近づいてくる。
「ちょっと待って!なに!?」
「18年ぶりの再会だ、いいだろ」
「待ってってば!わたしまだ認めてない!」
「この期に及んで?往生際が悪いな」
「そういう問題じゃないでしょ!第一わたしとダンテってこんなことする関係じゃ」
「こんなことって?」
お腹を撫でる手にぞわっと肌が粟立つ。そのままぷちりとシャツのボタンが外されたところで、わたしは反射的に腕を振り上げていた。