2

「お菓子が沢山あるんだ。よければ消費するのを手伝ってくれないか」

友人からそんな手紙がきたその週末。二つ返事で了承した私は彼のお家にいた。テーブルに積まれたのはケーキにクッキー、チョコレートの山。

「どうしたの?こんなにたくさん」
「少し前に、知人の猫の治療をしたんだけど。そのお礼にって」
「お礼にお菓子?」
「猫からしたら毒なのさ」

なるほど。その猫ちゃんが食べないようにってことか。なんとその飼い主さんお菓子断ちを決意したらしい。すごいねぇなんて言ってみたけど彼からしたら当然のようだ。
僕1人じゃとても食べきれないから、ここで食べてもいいし、持って帰ってもいいよ、と。勧められるままに包みを一つ摘んで開く。綺麗なピンク色、そしてストロベリーの甘い香り。口にするとますます芳醇な味わいで、とろりと舌の上で溶けていく。

「おいしい」
「よかった。たくさん食べて」
「ダイエットは今日はお休みだなあ」
「え、そんなことしてたの?」
「してるよ」
「いつから?」
「学生の頃から」
「全然気がつかなかった。見たことないよ」
「うるさいな」

いいつつ止まらない手にますます信頼感がなくなる。ニュートも呆れたように苦笑い。
いいのだ、甘いもの食べると幸せな気分になるし、今日はこのためにお昼も抜いてきたのだ。

「今日はこのあとどうするの?」
「ん?特に予定はないよ」

レモンケーキを切り分けながら、それなら一緒に出掛けようとお誘いを受けた。珍しい、休日とあればそれこそ一日中動物の世話に明け暮れるニュートが出掛けようなんて。引きこもっているわけではないけれど、動物絡み以外の用事では滅多に外出しないニュートがそう言うなら断る理由なんてあるはずがない。

「どこに?」
「静かなところ」

つまりあまり人がいないところということか。映画?はわたしもニュートも興味ないもんなあ、本屋?もあんまり。頭をひねっているとニュートがくすりと笑った。

「行くところは決まってるんだ」
「あれ、そうなの」
「どこだと思う?」
「うーん…」

検討がつかない。降参のポーズをとる。バスケットにお菓子と紅茶を詰めて、彼は自分と私のコートに手をかけた。

「もう行くの?」
「あまり遅くなるともったいない」
「どういうこと?」
「ほら、着て」

はっきりしたことを言わないけれど、ほらと急かされて言われるままにコートを着込めば、既にコートもマフラーも準備万端の彼はいつものトランク片手に腕を差し出している。結構、遠くなのか。その目がいたずらっ子みたいに光っているのに少し可笑しさを感じながら、そっと手を重ねた。


「わあ!」

やってきたのはどこかの山。一面にオレンジ色の小さな花が咲き誇っている。

「綺麗だろう」
「とっても!すごい!」
「喜んでくれた?」
「もちろん」

どこまでも続くオレンジ色、時折風にたなびく様子もまた壮観だった。

「冬なのにこんなに咲いてるんだね」
「貴重な花なんだ。薬にもなる」

ぷつりと一本摘んだニュートに手渡されて、香りを嗅ぐ。かなりフルーティな香りだ。

「何の薬?」
「麻酔。動物にも人にも効く」

採取に来たわけじゃないけど、日向に見せたかったんだ。はにかんだニュートは照れを隠すように摘んだ花に魔法をかけた。あっという間に小さなリングになって、差し出される。

「…何か意味がある?」
「そ…そういうわけじゃないよ」

顔を赤くした彼から渡されたオレンジの花の指輪はキラキラと光っている。花が枯れる頃には魔法も溶けてしまうものだけど、きっとこの情景と嬉しさはずっと忘れないだろう。

「ありがとうニュート」
「…うん」

花畑に腰を下ろして、一面のオレンジを見つめながらとりとめもない話をする。最近彼が保護したグリフォン、魔法省近くの穴場のようなカフェ、ホグワーツ時代の笑い話。時間が経つのはあっという間だった。冷たい風に晒された頬は冷たくても、体の中心から熱が広がる。

「冷えてきた。そろそろ戻ろう」
「そうだね」

トランクの中にバスケットたちをしまいながら、もう一度この素晴らしい光景を目に焼き付ける。オレンジの絨毯、昼間の抜けるような青空、夕暮れ時の紫と星の光。

「また来たいな」

無意識のうちに呟いていた言葉にニュートがにこりと笑いかける。

「一緒に来よう」
「うん、約束」

差し出された腕に手を添える。帰ったらお礼に夕食を振る舞おう。

ALICE+