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ハンクが目で促す。お見通しのようだ。
「僕は勘違いをしていたのかもしれない」
「ほう、どんな?」
「彼女は…アンドロイドを嫌っていると」
「寧ろ好意的、だろ」
ということはつまり、嫌われているのは「アンドロイド」ではなく「コナー」であるということだ。ハンクが苦笑いする。
「まあ、わかっちゃいると思うが俺の近くにいることが気に入らないんだろうよ」
「どうしてそこまでハンクに懐いているのですか?」
ハンクは一瞬まごつき、それから口をもごもごと動かした。
「何年前になるかね…俺が殺しのホシを挙げた事件があってな、その被害者が日向の両親だったんだよ」
「日向の」
「あいつの両親はサイバーライフの技術開発スタッフだった。アジアの隅っこの島国から、わざわざアメリカまで呼ばれるほどに優秀だったそうだ」
あいつ自身、アンドロイドに囲まれて育った。その中で様々な経験をしたと言ってたよ。だから日向にとってはアンドロイドも人間も同じ、差なんかないんだろう。
それが、押入られて一家もろとも。唯一生き残った日向は俺が犯人の手から助けたんだ。身寄りのない日向は1人でも逞しく生きてな…8年前、警官服で挨拶された時には驚いたよ。
ハンクは上機嫌にグラスを揺らめかせた。
「日向、少しいいですか?」
気怠げな瞳。その目が雄弁に語っている、「わたしはお前と話すことなんかない」と。だがそれを笑顔でスルーし、休憩室へと誘う。丁度彼女が報告書をまとめてから1時間、休憩するにはいい頃合いだろう。大人しくついてきた日向にコーヒーを渡すと小さくお礼を言われた。
「それで、なに?」
「わたしはあなたを誤解していました」
「誤解?」
「あなたはアンドロイドを嫌っていると思っていた。けれどあなたが嫌っているのはアンドロイドではなく私ですね」
「…」
単刀直入に言えば日向はバツが悪そうに視線を逸らした。理由も明白だが、敢えて事実だけを告げると、彼女は気まずそうにカップを握りしめる。
「私がアンダーソン警部補と組んでいたことが気になるのでしょう」
「…」
「確かに我々は戦友というべきか、仲間というべきか…適切な言葉を当てはめることは難しいですが、ただの上司と部下以上の絆で結ばれていると認識しています」
きっと彼女の視線が鋭くなった。やはりハンクが絡むと彼女の態度、心情に大きな変化が見られる。
「けれど、日向。私の今の相棒はあなたです。私はあなたと、できることなら良い関係を築きたいと思ってる」
「…そう」
「どうか、もう少し歩み寄ることはできないでしょうか。互いを知ることが捜査の効率化にも繋がるでしょう。事実わたしとアンダーソン警部補も初めはよいコンビではなかった」
一瞬彼女の目が驚きに丸くなる。そうか、彼女は初期の頃の僕らの関係を知らない。
「酷いものでしたよ、彼は。脅されたり貶されたことも一度や二度ではなかった。けれど同じ事件を追う中で、時間をかけて歩み寄ることで徐々に信頼関係が築けていけたんです」
だから、もう一度。相手は変わっても目的は同じはずだ。デトロイトの街を、人間を、そしてアンドロイドを守る。その思いは変わらないはずだから。
「日向、私は、」
「…わかった」