信じる
がしっと体を掴まれる感覚。視覚ユニットは壊れかけている。音声プロセッサを再起動してどうにか音を拾う。そこにいたのは信じられない人物だった。
「コナーおきて、コナー!」
ノイズの入った視界で必死に呼びかけるのは…日向だった。何とか音声を絞り出す。
「日向…」
「コナー、しっかりして!」
「…っ」
「まだあなたにお弁当食べてもらってない。勝手に約束して勝手に破るなんて絶対許さない、あなたのこと本当に嫌いになるからね!」
もともと仲は良くなかっただろう。思わず少し笑う。手も服も流れ落ちるブルーブラッドで真っ青に染めた日向は僕の体を横たえるとガンホルダーに手をかけた。
「さっきのアンドロイドのシリウムポンプ、互換性は?」
「わかり、ません」
日向が口を噤む。逡巡するように束の間目を閉じるが、すぐに立ち上がった。
「…待ってて、絶対に死なせないから」
エラーが頻発している。警告音とポップアップで頭が揺れるようだ。
弾数を確認した日向は銃を構えて僕から離れた。一度だけ振り向いて、それから音を立てずに階段を上る。僕は祈る気持ちで目を瞑った。何に祈っているのか、自分でもわからない。
やがて、ぱん、と発砲音。続けざまぱんぱんと音がして、再び静寂が訪れる。
ぎし、と床が軋む音。それからそっと体を抱き起こされる。
「コナー」
なんとか目を開けると、彼女の手にシリウムポンプがぼんやりと発光しているのかわかった。
「これ、入れるよ」
「っ、日向…互換性がないパーツを使うと、ブルーブラッドの流動が狂って…シャットダウンを起こす可能性が」
「でも、ここにはこのポンプしかない」
「日向」
「大丈夫…絶対、大丈夫だから」
信じて。
そう言われて仕舞えばもう彼女に全てを任せるしかない。文字通り手も足も動かせない僕がどうこう出来るはずはない。意を決したよう一つ息を吐き、ぷちぷちとシャツのボタンを外す日向の手は微かに震えている。けれど、僕と目が合うと強い瞳で見つめ返された。
「怖い?」
「怖いよ。でも、あなたが」
グッと唇を噛む。
「コナーがいなくなったら」
そこで僕の意識は途切れた。
「安心しました」
「わたしも…互換性があってよかった…」
「あなたが」
「え?」
「あなたが無事に戻ってきてくれた」
手の震えは、止まっていた。