攻撃

「っ日向!」
「っ」

どたん!と、彼女ごと床に倒れる。何事だともがく日向を押さえつけて後ろ手に発砲すれば、びくりと彼女の肩が震えた。どさりとものが倒れる音がして、背後の変異体が完全に沈黙したことを確認してから彼女の上から退く。怪我はしていないようだ。が、真っ青な顔で日向は体を起こした。

「日向、どこか怪我は?」
「腕…ッ」

かすり傷一つ無いように見えるが。スキャンしようと瞬きした瞬間、日向ががっしりと僕の腕を掴み上げた。

「血が…!」
「…ああ」

ぽとりと床に垂れたのは青い液体。撃たれたのは彼女ではなく僕の方だったようだ。右腕から零れ落ちるブルーブラッドに内心舌打ちするも、彼女が無事ならばそれで構わない、そう日向に告げようとするとぐいっと腕を引かれた。

「日向?」
「救護!早く!」

日向はインカムに向かって大声で叫んだ。

「私はアンドロイドです、手当は」
「うるさい!黙ってて!」

牙を剥かれてその迫力に思わず口を閉じる。手早くハンカチを取り出して傷口を縛る。この程度たいした傷ではない。痛みだって僕は感じていないのに、一方の日向はまるで自分が被害者のように顔を歪めていた。巻かれたハンカチもみるみる青く染まっていく。

「…なんで庇ったの」

傷口を抑えたまま、彼女がぽつりと呟いた。

「何故?」
「…死んでたかもしれないのに」
「アンドロイドは死にませんよ。それに」

腕を押さえる手に触れると、彼女が顔を上げた。不安げに揺れる彼女の瞳を見て、安心させるように微笑んで見せる。

「あなたは私のパートナーですから」

彼女は驚いたように目を見開いた。

「…パートナー?」
「相手のために行動できるのが、相棒なのだと。ハンクに教わりました」

そういえば、彼を庇った時にも同じような問答をした記憶がある。あの時は任務遂行がアンドロイドとしての使命だと信じて疑わなかった。
一方で、彼を見捨てた時には激怒されたな。思わず口元が緩むと日向が訝しげに首を傾げた。

「ハンクには怒られましたよ。俺が死んでもいいのかと」
「ハンクが…」
「それから、気がついたんです。だから、今だって、あなたを守ることは僕にとって当然のことだ」

言い切れば日向はなんとも言えない顔をした。僕の言葉の処理に時間がかかっている、といった様子だ。しばらく俯いて、それから何かを口にしようと顔を上げた時、救護班がばたばたと部屋に駆けこんできた。立てるかと問われ問題ないと返すが、目の前には差し出された掌。見上げると日向が同じようにこちらを見返していた。

「…ありがとうございます」

互いの掌はブルーブラッドで濡れている。滑らないようしっかりと握ると彼女もまた力を込めた。立ち上がると、そのまま肩まで貸されるのだから驚いた。不可解な行動にソフトウェアが異常を確認し、動揺しながらも口を開く。

「僕は1人でも歩けますよ。あなたの服が汚れてしまう」
「今更。ブルーブラッドは蒸発するんでしょ」

引くつもりはないらしい。きっぱりと言い切られ、大人しく歩みを進めると、俯いた日向がぽつりと呟いた。

「あなたがいなくなったら…ハンクが悲しむ」

預ける、という形でコンビを組んでいるのにあなたがいなくなったらハンクに合わせる顔がない、と彼女は暗い声で告げた。

「ああ…その可能性まで、咄嗟に算出できませんでした。すみません」

素直に謝るとますます苦しそうな顔をする。その表情の原因が分からず、僕は困惑する。身体的苦痛ではないとすると心的外傷?ストレスレベルはそこまで高い数値を示してはいないが、どうしたのというのだろうか。

「…もう二度とこんなことしないで」
「…約束はできません」

ぎろっと睨みつけられた。

「……努力します」

じっとこちらを見つめた日向はふいとそっぽを向いた。それきり、また沈黙が訪れた。




検挙から三日。負傷した腕も新しいものに交換された。パーツの交換はメンテナンスを兼ねていたため、署に出向くのも3日ぶりになる。
以前と変わらずデスクでアンドロイド絡みの捜査ファイルを作成していると、2人の相棒の声。振り返れば日向とハンクが連れ立って出勤してくるところだった。二言、三言交わした後、ハンクは署長室へ、日向はデスクへとやってくる。そして、僕と目が合うや否や、

「おはよう」
「、おはようございます」

ぱちくりと瞬きをする。僕の前のデスクに座った日向はあくびをしながら端末をオンにする。その様子をじっと見つめていると、視線に気がついた日向が首を傾げた。

「何?」
「私がいない間、アンダーソン警部補に何か注意されたんですか?」
「は…?なんで」
「あなたの方から挨拶をしていただくのは初めてのことですから」

素直に告げる。日向は想像通り驚いた顔をして、それから少し困った顔になった。

「別に、何も言われてないよ」
「そうですか」
「…ただ、挨拶くらいするべきだって思っただけ」
「ええ、僕もそう思います」
「な」
「あなたに挨拶してもらうだけで気分がかなり良くなりました。是非これからも続けていただきたいです」

にこりと笑えば彼女はバツが悪そうに、けれど若干の羞恥も交えた様子で「わかってるよ」と呟いた。

「それより、この前の傷は?」
「問題ありません、かすり傷程度です」
「そう…よかった」

ほっと息をついた日向は何か言いたげな様子で口をもごもごと動かす。大方予想はつくが静かに待っていると、届いたのは予想した言葉ではなく全く別人の声だった。

「まだそのプラスチック野郎とつるんでんのか」
「…ギャビン」

反射のように眉間にシワが寄る。日向はそれを隠そうともしない。

「ジジイに相手にされねえからってアンドロイドに走るとはなあ。流石、見境ねぇな」
「…余計なお世話だって何度言えばわかるの」

剣呑さを含んだ彼女の言葉にもリード刑事は全く怯む様子を見せない。どうにも我々のことが気にくわないらしいが、それならばあえて関わらない方が賢明だと考えないのが不思議で仕方ない。我々を侮辱して彼にどのような利益があるというのか。そのちっぽけな自尊心を満たすためだとしたら本当にいい迷惑だ。口には出さない代わりに無視を決め込むと、それが面白くなかったのか刑事はゴンと肘で僕の頭を小突いた。

「おいクソアンドロイド、何様だ?」
「ギャビン」

すかさず日向が間に入る。

「ハッ、女に守られてやがる。お前も大概だな、アンドロイドを庇うなんて」
「アンドロイドだって人間を庇う。逆のことをして何がおかしいの」
「そりゃプログラムされてんだから当然だろ?こいつらは俺たちの言いなりになるよう作られた存在なんだからよ」

そう言ってこちらに伸ばされた手は日向がはたき落した。

「あなたには一生わからないでしょうね」
「なんだ日向、お前本気でこいつのこと庇うつもりか?相棒気取りで?」

刑事ははっと鼻で笑う。これ以上相手にするだけ時間の無駄だ。行きましょうと彼女の腕を引くとぱっと払いのけられ、思いがけない拒絶という反応に僅かにLEDが点滅するのを感じた。僕の動揺を見過ごさない刑事が更に言葉を続ける。

「ハハ!傑作だ。見たか?プラスチック野郎、相棒ぶるなってよ」
「ぶってるんじゃなくて相棒よ」
「………………は?」

今、なんて?

「相棒だから一緒にいるの。文句ある?」
「は……は?相棒ってお前…何言ってんだ?」
「彼は私の相棒。突っかかるのはやめて」

呆然と日向を見つめる。処理が追いつかない。相棒、と?僕を認めてくれた?
リード刑事と向かい合ってそう宣言した彼女の言葉を噛み砕く度に、喜びの感情が湧き上がってくる。日向、と名前を呼ぶと、余程気に入らないのかリード刑事は憎憎しげな目で僕たちを睨みつけた。

「…驚いた、お前までこいつのウイルスに感染したのかよ」
「彼はウイルスなんかもってない。むしろウイルスって言うならあなたの方でしょ」
「っテメェ…!」

日向に掴みかかろうとする刑事に、今度は僕が彼女との間に割って入る番だった。彼女を背に隠してぐっと威圧的に見下ろすと、リード刑事は益々険しい表情になる。

「…あ?何見下ろしてんだ?」
「すみません、あなたの方が背が低いもので」
「クソッタレが!テメェ、ただじゃおかねぇぞ!」
「…あなたこそ、また寝かされたいんですか」

彼にだけ聞こえる声で、こき、と首を鳴らす。地下での一件を忘れたわけではあるまい。案の定刑事は表情を硬くすると、側にあった椅子を蹴り上げ、悪態を吐くと乱暴にオフィスのドアを開けて去って行った。

「日向」

振り返ると日向はちょうどデスクにつくところだった。傍によるとふうと溜息をついた。

「ギャビンを追っ払う魔法の言葉?」
「ええ、秘密ですが」

そんな便利なものがあるなら、もっと早く使ってもよかったのにと彼女が呟く。すみませんと謝るが、彼女が怒っているわけではないということはわかっていた。そう、彼女の声音から読み取れるのは怒りというよりも、寧ろーー。

「すっきりしました」
「…わたしも」

こちらを向いた日向の顔には、笑顔。
ああ、初めてだ。

「…なに?」
「あなたが笑うところを初めて見ました」
「え?…そう」

はっとしてすぐ笑顔は引っ込んでしまった。けれど僕の表情は自覚できるほど緩んでいる。それを見た日向は呆れ半分。

「…あなたのそんな嬉しそうな顔も初めて見た」
「ええ、あなたに相棒と認めてもらえたので」
「…そうね」
「言葉の綾ではありませんね?」
「…うん」

照れ臭いらしく顔を伏せる。が、関係ないだろう。すっと手を伸ばすと、彼女が顔を上げた。

「ええ、よろしく…コナー」

二度目に握った掌は、暖かく、手離したくないと思えるものだった。

ALICE+