皮肉

正式に辞令を言い渡された日向と僕は晴れてアンドロイド絡みの事件担当となった。しかし、この新しい相棒は、事あるごとにハンクの近くに向かっては、他愛ない話をして、少し微笑んで戻ってくる。そして僕を見て表情の緩みを引き締めるのだ。「ハンクと組むために戻ってきた」という彼女の言葉に嘘はないらしい。事実、ハンクの近くにいくだけに留まらず、コンビ結成から一週間が経った今でさえ、ハンクと組ませてほしいとハンク本人や同僚に漏らしているのを耳にする。
出会いのあの日、差し出した手に一瞬触れ、すぐ引っ込められたところから考えて、僕に対する警戒心も猜疑心も最高レベルというところだろう。僕だってただ黙って側にいるわけではない。ハンク曰く「ごますり機能」、だ。話しかけることはもちろん、事件のファイルを纏めたりコーヒーを淹れたりと気を遣ってはいるものの、残念なことに未だにそのガードは緩む気配を見せない。もう少し彼女の嗜好を分析して適切なアプローチをする必要があるだろう。

「ようプラスチック野郎」

捜査ファイルをスキャンしていると、揶揄うような声音が聞こえてきた。無視してもいいが、一応声の持ち主は上司だ。ちらりとそちらを見遣ると案の定下卑た笑いを携えたリード刑事が見下ろしていた。

「何かご用でしょうか?」
「どうだ?新しい相棒は」
「順調です。捜査に支障はありません」
「向こうはそうは思ってねえみてぇだけどなあ」

にやにやと笑うリード刑事、余程暇なのだろうか。

「お前、一丁前に刑事のような顔をしてるが、まさか自分がプラスチックの塊ってこと忘れてるわけじゃねぇよな?」
「…」
「お前がここにいることを許されてんのはハンクのクソジジイと署長のお情けのおかげだ。変異体と仕事だなんて吐き気がするね」

よくもまあぺらぺらと罵詈雑言が飛び出す口だ。感心する。言い返さないでいると、刑事はフンと鼻を鳴らした。

「日向だって同じだろうよ。同情するぜ」

一瞬、思考回路がフリーズする。LEDが黄色く点滅するのを見て、刑事はますます気を良くして言葉を続ける。

「警告してやってるんだ、お前が変な思い込みしねぇように。自分が市警の一員だとか、人間と同じだとかな」
「…お言葉ですが、私は正式にデトロイト市警所属のアンドロイドとして登録されています。つまり、あなたの言葉を借りるなら、私は名実共に市警の一員ということですね。それも、サイバーライフというスポンサーを抱えている」

静かに応答すると刑事はむっと言葉を詰まらせた。その様子を横目にしながら、先の言葉を反芻する。
日向も、同じ。
リピート再生された言葉に再びLEDリングがきゅる、と音を立てる。日向がオフィスにやってきたのはそれと全く同じタイミングだった。

「…ギャビン?何してるの?」

眉間に皺を寄せてこちらに歩み寄ってきた日向は僕と刑事を交互に見比べる。

「このアンドロイドに懇切丁寧なアドバイスをしてやってたんだよ」
「アドバイス?…あなたが?」

訝しげな瞳。先ほどの言葉をアドバイスというのならハラスメントなどという言葉はこの世に存在していないだろう。
刑事はちっと舌打ちして漸く僕のデスクから離れる。しかし振り向きざま、今度は彼女に向けてまた先ほどの嫌な笑みを浮かべた。

「お前、まだハンクにお熱なんだな」
「…あんたに関係ない」
「ハッ、まあ確かに興味はねぇが…お前も物好きだな。あんなジジイにいつまでも」

よく飽きねぇな、感心したよ、と続けた刑事は、それからいやらしく笑った。

「ま…振られてもイイ思いしてるもんな?」

不可解なリード刑事の言葉に日向の肩がピクリと跳ねる。同時に彼女のストレスレベルが跳ね上がったことを検知し、日向、と声をかける。しかしその前に、彼女は目線で刑事に応答した。射殺さんばかりの眼光に、彼も笑みを消し表情を硬くする。
そこで漸く刑事の嫌がらせに気づいた署長が、「ギャビン何してんだ!」と一声かけると、彼は舌打ちを残して今度こそデスクから去っていった。残された我々の間には沈黙。先のやり取りに関する疑問を呈するべきか逡巡している間に、日向が口を開いた。

「…気にしなくていいから」
「…はい、日向」

そう答えて見上げた先、一瞬彼女の顔が泣きそうに見えて瞬きする。しかし背を向けた彼女の表情をもう一度確認することは叶わなかった。

ALICE+