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夢だったのかもしれない。あれから特に変わったことが起きることもなく、ただ一つ、バスケットがなくなっていることには目を向けていない。それでも万が一ということがある。念には念を入れて、今日はサーナイトをボールから出した状態で街へ向かった。
「良く育てられているな。さすが日向だ」
「置いていっただろう?」
どさどさどさ。持っていた荷物が全部地面に落ちる。差し出されたバスケットを受け取らずにいると、ダンデが不思議そうに首を傾げた。
「先日は性急すぎたな。すまなかった」
「いや…あの…」
「久しぶりに君に会えたから興奮してしまって…今日からはちゃんと順を踏んでいくから安心してくれ」
にこりと笑ったダンデに血の気が失せた。今日「からは」?
「また来るつもりなの…?」
「いけないか?」
きょとんとした顔でこっちを見つめるチャンピオン、言外に迷惑だと含めたつもりだったが通じていないらしい。じっとこっちを見つめる瞳、あの頃から変わっていない。相変わらずの獲物を見定める目。思わず視線を逸らすとダンデが快活に笑った。
「ここじゃなんだから、カフェにでも行かないか?」
「え…っと、わたし、用事が」
「ははは、さっきから暇そうに歩いていたじゃないか!俺の奢りだ、美味い店を教えてくれ」
み、見てたの?怖い。怖いこの人。何か言うよりも早くくるりと踵を返したダンデはどんどん歩いていく。このまま逃げてもいいかなと思ったけれど、しかし数メートル離れたところで彼は振り向いて「早くおいで」と声をかけてくる。逃すつもりはないと言われているようで、わたしは青い顔をしながら小さく足を踏み出した。
しかしチャンピオンを連れて気軽に入れる店などこんな街にあるはずがない。しかもこの人、「おいで」とか言っておきながら昔から全く方向音痴直ってない様子。あっちこっちふらふら歩いて行って、ただでさえこちらを伺う人が多い中、「あれ、チャンピオン…?」「ダンデじゃないか?」と疑惑の声が上がっている。騒ぎになるのはごめんだ。「こっち」と声をかけて一本外れた道に入る。
ああ、どうすれば穏便に、さっさと帰ってもらえるだろうか。バトルで負けたことが気にかかっているのなら、もう一度バトルすれば気が済むだろうか?長くバトルしてない自分が今やガラル最強の彼に勝てるわけがないし、負け試合は気が乗らないけれど、この状況を打破するにらもうそれしかない…気がする。バトルを離れる原因になった人と、10年ぶりにバトルする羽目になるなんて。父にももう戦わないって言っちゃったのにな。わたしがまたバトルしたなんて言ったら、父は驚くかな、それとも喜ぶだろうか。
「日向?」
目の前で瞬く金色に、はっと足を止める。目と鼻の先に、ダンデの顔がある。覗き込まれていたことにようやく気付いて、慌てて距離を取った。
「な、なに」
「ぼーっとしているようだが、大丈夫か?」
「だ、大丈夫。平気」
「そうか。あ、そうだ、これ」
広げた距離を一瞬で詰めてくる。なんなんだ。差し出された手に若干逃げ腰になりつつ目を向けると、ころりとしたキーホルダー。キバゴのデフォルメ。
「かわいい…」
「君の手持ちにもいただろう?あげるよ」
「えっ」
「いらなかったら捨ててくれ」
す、捨てないけど。かわいいし。でもダンデからの貰い物。何の理由もなく貰うのにもちょっと抵抗がある…と、困った顔でキーホルダーを見つめていると、くすくすと笑い声。
「スポンサーからの貰い物なんだ。たくさんあるものだから、気にしなくていいぜ」
そういうことを気にしているわけじゃ…ちょっと、ちがうんだけどな。とりあえずありがとうとお礼を言って、ポケットに突っ込む。ダンデは満足気に笑った。ブブ、とバイブ音。
「はい…はい。わかりました」
どうやら呼び出しのようだ。ほっと胸を撫で下ろすと不意に視界に影がさした。伸ばされた手にはっと目を見開いて身構えると、ぽん、と頭に手が置かれた。え、なに?
「用事ができた。また来るよ」
頭を一撫でして、さっと私から体を離したダンデはぽんとボールを放る。彼の相棒が景気良く吠えて、彼も慣れた様子でその背に跨った。
「…もう、来なくていいって…」
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