腕を引っ張られた。見上げると長身の男。何故だか両手を顔の横に上げていて、逆光で眼光だけが鋭く見える。思わずわっと声を上げるとなんだそれとわははと笑い声が返ってきた。そこでようやく相手が誰か気がついた。
「あっキバナか!」
「フフ、おれさまを見て悲鳴を上げるとはな」
「ごめん一瞬誰だかわからなくって」
がおーってやつだ。知ってるよ、雑誌で見たことある。ポケモンみたいでかっこいいなって思ってたんだよ。
「久しぶりだな〜」
「フスベで会った以来だね!」
「ガラルで会うのは初めてか。いつこっちに?」
「昨日だよ」
キバナはふーんと言ってわたしの頭のてっぺんから足の先までじーっと見つめた。なに?
「相変わらず、流れ者って感じだな」
「実際そんなところだからね。あのあとホウエンとカロスも巡ったんだよ!」
「あ〜、ムシャシュギョウ?ってやつだったか?ならお手並み拝見といきたいところだなあ」
立ち話もなんだから、と彼のジムに連れて行ってもらった。うわー初めて入った!ナックルシティのジム、外から見たことはあったけど、貫禄あるなあ。併設されてるスタジアムも、今は試合がないからか静かだけど、テレビで見たときはすごい盛り上がりだったもんなあ。どきどきしながらキバナについていくと、応接室に案内された。事務員さんが出してくれたお茶を飲みながらキバナが尋ねた。
「お前今どの辺にいるの?」
「どの辺?って、ナックルだけど」
「現在地じゃねぇよ。家。居住地」
「家?ないよ」
「ない…ないって」
ずる、とキバナがずり落ちる。ずーっとキャンプ生活だったからなあ。たまーにモーテルとか泊まることもあったけど、10年前ガラルにいた時は賃貸だったし、もうそれもとっくに引き払っている。今となっては一つ所に定住するっていうよりも、キャンプで外にいる方がしっくりくる。
「ポケモン達ものびのびできるし」
「…お前ほんとポケモン第一だよな」
まー普段バトルで頑張ってるからね、これくらいはしてあげたいなーって。
「じゃあこれからどうするんだ」
「これから?」
そりゃあガラル中のポケモンとバトル三昧に決まっている。何のためにいろんな地方回ったと思ってるんだ。胸を張ってそう告げれば違う違うと頭をぐりぐりされた。
「その後だよ。お前もうガラルから出て行かないのか?」
「え、」
虚を突かれたようになにも言えなくなった私に、キバナが呆れたように肩を竦める。その後。ガラルでバトルの腕を磨いたその後。考えてなかった。
「まあお前らしいけど」
「うーん…」
「まっ一個だけ忠告しとくぜ」
「ん?」
ふとキバナの声が真剣なものになる。
「お前を逃したくない奴がいるってことは忘れんなよ」
「え?」
「いい意味でも悪い意味でも、必要とされてるんだよ、お前は」
なんだそれ?必要とされてるって、誰に?逃したくないってどういうことだ。わたしはポケモンじゃないし、バトルなら逃げも隠れもしない、受けて立つけど。首を傾げて疑問符を飛ばしていると、またキバナがやれやれと肩を竦めた。
「まあとりあえずはガラルに居るんだろ」
「あ、うん」
「なんかあったら連絡しろよ。おれさまもお前とバトルしたいし」
「うん、ありがとう」
スマホ買ったか?と聞かれたので自慢げにポケットから取り出したそれを見せつける。お〜と歓声があがる。
「いいやつ買ったな」
「ふふふ、お勧めなんだって」
「ふ〜ん?」
「なんか便利なやついろいろつけてくれるって言っててさ、ぜーんぶお願いした!」
「なるほど、カモられたか」
「ん?」
カモ?カモネギ?
「お前ほんとポケモン以外はチョロいよな」
「なにがチョロネコ?」
「なんでもねー。本当に一人で大丈夫だったのか?」
「失礼な。何年一人で生きてきたと思ってるの」
はいはい、そうだな〜えらいな〜なんて聞いてきたくせにキバナは適当な返事だ。スマホをぽちぽち操作していたけれど、やがてほいと返される。画面にはばっちり決まったキバナの写真。なんだこれ。
「おれさまの連絡先入れといたから」
「ありがとう!で、この画面なに?」
「おれさまの自撮り。運勢アップ」
「へえー、そうなんだ。ありがとね」
「…だから、ちょろいんだって」
ほんと心配だぜ…と呟いてから、あっそういえばとキバナが体を起こした。
「ところで、アイツはお前が帰ってきたこと知ってるのか?」
「あいつ?」
ぴっと指差された先。ジムリーダー達のポスター。その背後に写った人物。あっと声が上がる。
「あの子」
「ん?」
「誰かに似てると思ったら…あーそうかあ。すっきりしたあ」
頭の中で昨日ぶつかった少年を思い出す。なんか見たことあるなと思ったら彼だったのか。訝しげにこっちを見るキバナをほっといて一人納得しているとおいおいと声がかかった。
「何に納得してるのかしらねーけど、どうなんだよ」
「私からは連絡してないよ」
連絡先知らないもん。
「そうだよなあ。スマホすら持ってなかったんだもんな」
「キバナ、連絡できる?」
「もちろん」
言うや否やキバナは自分のスマホを取り出して、すっすっと慣れた手つきで操作する。ぽん、と軽い音が鳴って、よし、とキバナがこっちに向き直った。
「あいつもあんまりマメな方じゃないからなあ。いつメッセージ見る…か…と?」
言ってる間にポケットにしまったばかりのスマホがブブ、と震えた。まさかと呟いてキバナが画面を確認する。画面を見て一瞬体が固まった後、呆れたような感心したような顔でため息をついた。
「愛されてんなあ」
「誰が?」
「お前が」
画面を見せてもらう。「すぐに行く」と簡潔なメッセージ。こういう時だけはスマホ見るんだな、野生の勘つーかなんつーか。なにを感じてんのかね。ぶつぶつ言ってるキバナだけど、なんとなく楽しんでるようにも聞こえる声だった。
「来るの?」
「すぐにな」
「忙しくないのかな」
「忙しいだろうさ。それだけお前にご執心ってことだよ」
「ふーん…?相変わらずバトル好きなんだね」
「まーな。あいつの根幹でもあるし…お前もだろ?」
「うん!この人と勝負するために戻ってきたんだからね!」
「おいおい、おれさまは?」
「えっ、あ、もちろんキバナともだけど」
「ついでかよ」
キバナはまたやれやれと肩を竦めた。と、同時にドアがノックされる。顔を覗かせたのはさっきここまで案内してくれたジムトレーナーさん。お客様ですと告げる彼にキバナと顔を見合わせた。
「まさかね?」
「いやおれさまもまさかとは思うけど…誰だ?」
「俺だぜ!」
開かれたドアの向こう側、にこりと笑うのはガラルのチャンピオンその人だった。
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