椿時雨





屈託なく笑う彼は10年前と変わっていない…ように見える。けど、あれ?なんだか違和感。その違和感を突き止める前に部屋に入ってきたダンデにぐっと両手で顔を固定された。

「本当に日向か?」
「うん、わたしだよ」

確かめるように顔をぺたぺたと触られる。まるでポケモンを触るみたいだなあ。なすがままにされているとおいおいとキバナが割って入った。

「そんな不躾に女の顔を撫で回すなよ」
「あ、ああ、すまない…本当に、日向なんだな」
「うん、久しぶり、ダンデ」

にこりと笑えばようやく顔が解放された。ほう、とため息をついたダンデ。今度はじっとこちらを見つめてくるから、わたしも見返した。10年前より体つきは大分逞しくなってる。筋肉ついたなあ、男の人らしくなった。

「それは光栄だぜ」
「おれさまは?」
「キバナも筋肉ついたね!身長も伸びたね!」
「へへっだろ〜」
「あ、ダンデ、チャンピオンおめでとう!」

ダンデは一瞬目をぱちくりさせて、それからありがとうと照れ臭そうに笑った。もう10年も経っちゃったけど、10年防衛してるんだもんね。ウェアもさすが、よく似合ってる。

「にしてもダンデ、お前どれだけ飛ばしてきたんだ?テレポートでも使ったわけ?」
「ん?いやたまたまナックルに来る用事があってな」

ここにも寄ろうと思ってたんだ、ちょうどよかったと、ダンデはこっちを見て本当に嬉しそうに笑う。…あれ?この笑顔は前と変わってない。なんだったんだろう、さっきの違和感。気のせいかな?

「そうか…戻ってきたのか」

噛み締めるように繰り返すダンデ。その嬉しそうな様子を見て、私まで嬉しくなる。ああそうだ、ここにきた目的。伝えておかないと。きっとダンデはもっと喜んでくれるだろう。そう思えば自然に口元が緩んだ。

「うん、ダンデに会いにきたんだよ」

そう言えばダンデはぼとりと帽子を落とした。キバナもこっちを向いて沈黙。しーんと静まり返る部屋。あれ、思っていた反応と違う。

「俺に…?」
「うん。ずっとダンデに会いたかった」

それでも自分の気持ちを素直に伝えると、ダンデの足がふらついた。そのままぽすりとソファに落ちる。

「ダンデ?どうしたの?」

いや、なんでもないと言いながらかなり小さい声。しかも取り落とした帽子を拾ってそのまま顔を隠してしまった。なんだそれ。訳がわからずキバナを見ると何故か苦笑いしている。

「日向、言葉が足りない」
「ん?」
「なんで会いたかったんだ?」

なんで?なんでってそんなの決まっている。にこりと笑って鞄を開く。わたしが旅をしていた理由。そして戻ってきた理由。ダンデがちらりとこっちを見た。なぜか緊張した面持ちで、安心させるように微笑みかけて、手を差し出す。

「バトル、しよう!ずっと楽しみにしてたんだ!」

そうダンデにボールを突きつければ、帽子の横からちょっとだけ覗いていた目がぱちぱちと瞬きした。それから数十秒、そのままで固まっていたダンデだけど、やがて完全に帽子で顔を隠して、はあああと聞いたことのない大きなため息をついた。ずるりと体からも力が抜ける。思ってなかった反応だ。ダンデなら大喜びすると思ったのに。若干の戸惑いと驚きで、ダンデ?と名前を呼ぶことしかできない。でも反応はなし。
やれやれ、困ったもんだなとキバナが笑った。

「バトル、嫌いになっちゃった?」
「そうじゃない…」

また小さい声が返ってきた。じゃあなんでそんなにテンション低いの?そこでピンと閃いた。あのダンデがバトル嫌いになるなんてありえない。じゃあ、もしかして、嫌いになったのは、バトルじゃなくて、わた

「それはない」

ぐわっと起き上がって腕を掴まれた。

「じゃあなんで?わたし何かがっかりさせることしちゃった?」
「そう…じゃない」

不自然に目を逸らした。そうじゃないっていうわりにこっち見ないし。なんなんだ、ほんとに。

「まあまあ、日向も帰ってきたばっかりなんだし、暫くはゆっくりしろよ。ほら、ダンデもしっかりしろって」

キバナが助け舟を出してくれた。ダンデは静かに手を離して、それから吹っ切るように頬を叩いた。

「すまない、ちょっと勘違いしてしまった」
「勘違い?」
「気にしないでくれ」
「うわわわ」

ぐちゃぐちゃと頭を撫でられる。髪の毛がすごいことになった予感がするけど、普段のダンデに戻ったみたいだ。ポケモン撫でる時ってこんな感じなんだろうなあと思いながらわかったと返す。

「バトル、楽しみにしてるぜ」

ぽん、と仕上げに頭に手を置かれた。やっぱりポケモン扱いだ。不満はない。さっきまでの落ち込んだ様子もなく、さすがの切り替えだと感心してしまう。チャンピオンってすごい。

「日向、この後の予定は?」
「ワイルドエリアにでも行こうかなーって」
「お前帰ってきたばっかりだろって。少しはちゃんと休めよ」
「う…うん」

でもなあ、ホテル取ってるわけでもないし。ポケモン達だってホテルよりワイルドエリアみたいな広いところで放してあげた方が…と溢すと、あのなあとキバナが呆れた声を出した。

「ポケモンも大事だけどな、トレーナーは体が資本だぞ?お前に何かあったら困るのは誰だよ」
「う、それは…」
「お前、ポケモンの世話ばっかりでろくに自分のこと構ってないだろ。ただでさえ長旅で疲れてるんだから、少しは自分のことにも気を使ったってバチは当たらないと思うぜ」

そう言われて反論の余地なし。確かにここ最近はガラルに来るために食費切り詰めてたしなあ。わたしが倒れて一番混乱するのはこの子たちだろう。しゅーんと項垂れるとそう落ち込むなってと肩を叩かれた。

「てわけで、今日は日向の帰省祝いな。おれさま行きつけの店に連れて行ってやるよ」
「えっほんと?わたしお金ないよ」
「だから祝いだって。金のことは気にするなよ。チャンピオン様もいることだし?」
「ダンデも?いいの?」
「ああ、もちろん」

ふられたダンデはあっかからんとうなずいて見せた。忙しいんじゃないのかな。それはキバナも同じだけど。お礼を言えば楽しみにしとけよ〜とキバナがにこにこ笑った。ありがたいなあ。お腹空かせておこう。

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