椿時雨


振られた彼女を慰める


「ふ、ふられた」

ぽとりと涙がテーブルに落ちる。ざわざわうるさい居酒屋で、いつもならそれに負けないくらいやかましい日向がこんな小さな声で、こんなに小さくなっているなんて。しかも、ポケモン絡みではなく。誘いがあった時から何だかいつもと様子が違うとは思っていたが、まさか。

「うっ、うぐ…ひっぐ」

ぼろぼろ涙を落としている日向。ぐっと唇をひき結んでいるのでなんだかパチリスのように見える…じゃないな、今はそんなこと考えてる場合じゃない。しおしおと小さくなった日向なんて滅多に見られるものではないが、そう見たいものでもない。

「えーと…大変だったな?」

ほら食べろと唐揚げを勧めると、泣きながらだが意外とパクパク食べた。腹も減ってたのか。

「なんでそんなことに?」
「わたっわたしが…バトルにしか興味ないって…」
「あれ、お前のバトル好きには理解あったんじゃなかったか?」
「げ、限度があるって…ひぐっ」
「ま、まあ…たしかにお前バトル大好きだもんなァ」

話を聞くに、毎日毎日バトル三昧、デートと言ってもバトル観戦だったりワイルドエリアのキャンプだったり。俺やダンデのように生粋のトレーナーでないなら確かに愛想を尽かされ…いやいや、ちょっと違うなと思われても仕方ないかもしれない。相手の気持ちもわからんでもないな。何しろ、長い付き合いのおれさまでさえ、日向のバトル狂っぷりに若干引くことがある。なんせ今、日向がポケモンのこと以外で泣いているのが意外すぎて軽くショックを受けているくらいだ。こいつ、ポケモン以外で心動かされることあるんだな…なんて、流石にそれは日向に失礼すぎるか。
などと思っていたら、ずっと黙って枝豆食ってたもう1人はいつの間にか日向の隣に。おっと、こいつもこいつだった。

「バトルにそこまで情熱をかけられるのは日向のいいところなのにな」
「っ…でもダメなんだって…もっと…人間を見ろって…」
「日向は誰よりもポケモンを大切にしているだけだろ。いつだって真剣に、ポケモン達のことを第一に考えている。それは誰にでもできることじゃない」

ダンデがポテトサラダを勧めながらさりげなく距離を詰める。日向はまだ泣きながらポテサラを食べる。思わず苦笑いしてしまった。抜け目ないやつだなあ。
この男、一見必死にフォローしているように見えるが、おれさまは知っている。ダンデは、チャンピオンの性なのか、自分がこれと決めたものは絶対に譲らないし諦めない。今も日向の話を親身に聞きながら、虎視眈々と機会を窺っている。簡単に言えば下心の塊ということだ。
初めて日向に恋人ができた時だった。おれさまもダンデも、昔馴染みの幸せを祝福した。だが、嬉しそうに報告した日向の見えないところで、ダンデはとても英雄とは呼べない、ガラルの子どももスポンサーも真っ青の表情をしていたのだ。あの時はさすがのおれさまもちょっとびびった、というか引いた。お前、まじかよ、日向のこと好きだったの?にしてもその顔なんだ?さっきはあんなニコニコして話聞いてたくせに、あれって演技だったわけ?その切り替え怖すぎるんですけど。
それから日向が恋人の話をするたびに、俺は笑顔で話を聞くダンデの、その秘めたる闇の部分を垣間見て戦々恐々としていた。
そんなことが数年続いて、悲しいかな彼女の恋は散ってしまった。ダンデの闇に付き合うことにもようやく終わりが見えそうだという現状は喜ばしい。だが、彼女が破局したことを、表面上同情しながら内心誰よりも喜んでいるであろう長年のライバルのかなり拗れた恋路を応援すべきなのか、こんな下心丸出しの男を信頼している弱り切った昔馴染みを守ってやるべきなのか…悩みどころだよなあ。

「復縁の可能性とかは?」
「ひっ…う、もう、彼、別の地方に行くからって…」

ああ、そうだった。確か相手は転勤族だったな。だからいつか自分もガラルを離れるかも、なんて言ってたっけ。あの時のダンデの荒れ様は凄まじかった。練習試合で相手してた奴らが再起不能になってしまうんじゃないかってくらいコテンパンにしてたな。
にしても恋人だと紹介してもらった時はかなり仲良さそうだったのになあ。なあダンデ…と同意を求めようとして固まった。思わずダンデの足を机の下で小突く。ダンデがはっとした顔でこっちを見る。こいつ、口元手で隠して神妙な顔してるけど、実はその手の下で笑ってやがる。恐らく空いた片手はテーブルの下でグッと握りしめていることだろう。相手がガラルからいなくなるから?だからって正直すぎる。日向にバレたら一気に株が下がるぞ。いや下がった方が日向のためか?どっちにしろ失恋した日向の前でそんな嬉しそうな顔するなと目線で訴えればダンデはふむと頷く。

「ひぐ…?キバナ、だれより、バトルに真剣、だよ」
「え」
「わたしは…うっ、知ってる、から…ひぅ」



- 23 -

*前次#


ページ:



ALICE+