人魚の入江を越え、岬へ続く崖側の道。南国らしい特徴をもつ木々が、むき出しの地面の端を飾っている。
ピータ・パンたちのように高くは飛べなかったので、道を塞ぐ岩壁を飛び越えることができず、ここからは足で進むことにした。ただでさえ起伏の激しい険路に加え、ピータ・パンに当たり損ねた砲弾が降ってきて、ついでに膨大な数のアンヴァースたちが絶えず行く手を阻んでくる──最悪の状況だった。
「──雷よ!」
サンダガで周囲の魔物を消し去るも、一呼吸すら置かず次の魔物が突進してくる。
「もう、きりがない!」
この調子では本当にフックを逃がしてしまう。こんなに好き放題にされて、成敗なしというのは口惜しい。
ヴェントゥスがキーブレードをくるりと回した。
「こうなったら強行突破しよう。ついてきて」
ヴェントゥスが先陣切って、炎を纏ってアンヴァースたちの中へ突っ込んでいった。驚き仰け反るものと、近寄ってきたヴェントゥスを攻撃しようとしたアンヴァースに魔法の雷をお見舞いする。
背後に注意しながらヴェントゥスに続こうとした、その時。
「あっ!」
気づいたときには、どうしようもなかった。ちょうど側にあった岩壁に砲弾が当たり、崩れ始めたのだ。身長よりも大きな岩が、鞠のようにいくつも弾み転がってくる。
巨石のひとつが、ヴェントゥスに向かって──
「風よっ!」
「フィリア!?」
慌てて唱えたエアロラでヴェントゥスを安全な方へ吹き飛ばす。次いで自分に向かって落ちてくる岩たちに対してリフレクを張った。言の葉の力をもたない魔法はひどく脆く、掠めただけで簡単に破れてしまうので必死に何度も張り直す。
とても長く感じる数十秒後──岩石の雨と土煙が収まってから見たものは、自分とヴェントゥスとの間の道高く積み上がった岩山だった。これではとても進めない。
「フィリア、だいじょうぶか!?」
向こう側から、こだまのようにヴェントゥスの声が聞こえてきた。無事なようで、ひとまず安心する。
「うん。なんとか」
「待ってて。今、そっちに行く……」
「だめ。ヴェンは先へ行って!」
岩にぶつかり気絶していたアンヴァースたちがふらりと顔を上げ、血色の目を光らせる。大半は自分といっしょにこちら側へ残されたようだ。
「けど!」
「これくらい私ひとりで充分だよ。後で、必ず追いつくから」
ヴェントゥスのしばしの無言から、戸惑いと心配が伝わってきた。
魔力を溜める。アンヴァースたちが動き始める。
「……無茶するなよ」
「わかってる。ヴェンの方こそ、気をつけて!」
「ああ」
遠ざかってゆくヴェントゥスの気配。少しだけ寂しくなるが、それ以上に側に感じる。
近寄ってきた魔物を電撃で迎える。次はマグネガ。その間に、魔法の引力に耐性のあるワイルドブルーザーをエアロガで吹き飛ばした。このアンヴァースは放っておくと危険なので、炎系の魔法で追撃を──
「え──!?」
唐突に現れた、岩山の方向へ抜けてゆく気配に足を止めた。急いでそちらを振り向くが、誰も、何もいない。
気のせい? いいや、確かに今、鳥肌がたつほど強い闇の気配が横切っていった。
「あっ、──凍れ!」
イエローマスタードが電光石火してくるのを慌てて避けて、氷をぶつける。
──胸騒ぎがした。
★ ★ ★
海と岩壁に囲まれた岬に無粋な大砲の音が響いている。左腕がフックになっている派手な格好をした男が、その中央で苛立ちの闇を生みながら立っていた。
ある時、ついに音が止んだ。男はハッと顔をあげ、海原のほうへ耳を傾ける。もうあの音は届いてこない。
男は神妙な面持ちで目を伏せた。
「ああ、これでピーター・パンともおさらばか。宿敵の最期がこうもあっけないとは」
黙祷を捧げているのかと思いきや、男が肩を戦慄かせる。こだまする狂喜の笑い。
「やったぞ! あのいまいましいガキをやっつけたぞ」
「喜ぶのは早いぞ、フック!」
ようやく崖道からやってきたヴェントゥスが叫ぶ。フックはヴェントゥスを見て、隈だらけの目を大きく見開いた。
「お前はさっきの──まさか、ピーター・パンが……」
慌てて望遠鏡を取り出して、船を見る。口がポカンと開かれ、次第に歯ぎしりをし始めた。
「ぐうう〜いまいましいガキめ!」
地団駄をした後、フックは岬の中央に浮かぶ岩に飛び移り、腰のレイピアを抜く。隙のない構えに鋭い眼光。端々の言動は間抜けだが、戦闘においては相当の実力者であることが伺える。
カチコチ、カチコチ……。
リズムに合わせてフックの視線が踊る。
「こ、この音は──」
いつの間にか海から顔を覗かせているワニを見つけた途端、フックからすっかり威厳が消えた。
「う、うわ! また来た! しっしっ、あっち行けー!」
一目散に逃げようとするフックの退路を、キーブレードを構えたヴェントゥスが塞いだ。
「逃がさないぞ!」
「えぇいっ、こしゃくな奴め!」
フックがレイピアを構え、目にもとまらぬ早さで突進する。対してヴェントゥスは、紙一重ながらもそれを避けた。
──良し。
「ぬっ!? この、このっ!」
続けざまに繰り出されるレイピアの突き。全て躱し、ヴェントゥスもフックへキーブレードを振り上げた。