最後のアンヴァースにファイガを放つ。火炎に包まれた魔物は熱がる素振りをしたあと、ぽしゅんと消えた。
 立ちくらみ、側の岩に背を預けて浅く息を繰り返す。

「は……っつ、いた……」

 気の緩みが痛みを鋭く思い出させる。軽く捻った手首と、軽傷とは呼べない怪我の数々。血と汗と土埃まみれで、なんともひどい有様だ。
 何十ものアンヴァースを倒し、ひどく疲れた。膝が笑っていて立つのも辛い。魔力を使い切るまでに倒しきることができたのは幸運だった。

「………………」

 旅に出てから一層感じるようになった強さの差──ヴェントゥスたちとの違い。
 脆くやわい体と魔法だけが頼りの自分には、たった数種の魔法に抵抗をもつアンヴァースが混じるだけで、桁違いに苦戦を強いられることになる。加えて、それを補うだけの魔力の量もあるとはいえない。
 だったら──。

「癒しよ」

 ケアルを控えめに唱え、目立つ傷だけ治しておく。汗を拭い、服の汚れは手早く払い、髪も手ぐしで整えた。
 他に見苦しいところはないだろうか。
 急がなくてはならないが、これ以上、ヴェントゥスに余計な気遣いをさせたくもない。

「……よし」

 確認を終えて、道を塞ぐ岩山を見上げる。シンデレラより低く、アイスコロッソスより高い。自身に与えられた飛行能力ではとても超えていけないし、破壊するには消耗がばかにならない。ならば残る選択肢は

「テレポかクエイク…………それともエアロガ……」

 テレポは移動予定の座標が見えていないと成功が不安定。それに、もう使わないと決めた。クエイクで地ならしする場合は岩や土砂に飲まれる危険が高い。というか、魔力が足りない。
 消去法で──とはいっても、これすら安全だとはいえないが、消耗とリスクの少なさでエアロガを選択することにした。





★ ★ ★





 敵を斬るというより、急所を突くことに特化して造られているレイピア。針金のように細い剣はとても素早く攻撃してくるので、なかなか反撃のチャンスを与えてくれない。
 ひゅう、と剣が耳を撫でてゆく。微かな痛みに顔を顰めると、フックの顔は嫌らしく歪んだ。

「逃げてばかりの腰抜けめ。かかってこい!」
「燃えろ」

 レイピアを横に構え、こちらの攻撃に備えるフック。見え見えの誘いに乗るのは危険と考え、ファイガを唱える。フックはとっさに身を捻ったが、炎は掠めたコートに火を分けた。

「アチチチチッ!!」

 炎上する尻に驚き、岩の上を駆け回るフック。火はなんとか消えるも、コートにはしっかり焦げ穴が空いた。フックの顔が沸騰したヤカンのように真っ赤になる。

「このっ、ゆるさん!」
「ん──なんだこれ?」

 フックがピンクのリボンでラッピングされた、場違いなほどに可愛らしい箱を放ってきた。思わずひとつ受け取ると、中から奇妙な音が──慌てて捨てた。海に落ちる前に、ファイラ級の爆発が起こる。

「危なっ……」
「ハッハーッ! まだあるぞ。遠慮するな!」

 続けざまに同じようなプレゼント箱、もとい爆弾箱がいくつも投げつけられてくる。爆発を宙を飛びながら避けてゆくと、ジャンプしてきたフック剣が鋭く急所を狙ってきた。──この男、飛んでいる者との戦闘に慣れているようだ。
 際どい一撃を、なんとか着地しキーブレードで受ける。だが、続けざまに繰り出される連撃は防ぎきれず、腕や肩に刺激が走った。

「この俺をこけにすると、こういう目にあうんだ、小僧!」
「くっ──」

 鍔競り合いになり、すぐ顔面で血走った目で笑うフック。
 体格と体勢と力の差に負け、じわじわ端に押されてゆく。

「このまま海に突き落としてやる!」

 剣の刃を離し、攻めてくる剣の切っ先。下がれないと踏み留まれば、躱しきれずに足や頬を掠めていった。背後にはワニが大きな口を広げ待っている。

「いつまで耐えられるかな?」

 強烈な一撃を受け流したはずみで、ついに片足が海に落ちた。
 まずい。
 非常に焦った表情を作った。次にトドメの攻撃がくるはず。勝利を確信した、渾身の一撃が。
 フックが腕を大きく振り上げた。

「トドメだ!」
「──よっと」

 フックのタイミングに合わせて体を横に回転させた。受け止めるはずの力がなくなって、加速したフックはそのまま海に落ちそうになるが、器用にも、辛うじてつま先で踏み留まる。

「あーわわわわ、ととととっ……!」

 無事に岩の上に戻った自分と、手を風車のように回してもがくフック。形勢逆転だ。
 キーブレードを構えなおす。ばたついているフックの正面に立つと、彼は汗まみれの引きつった笑みで言った。

「ま、まさか、あのワニがいる海に突き落とそうなんてしないよな、ぼうや……?」

 無言で、笑顔だけを返してやる。

「頼む! それだけは許してくれ!──なんでもする!」
「……なんでも?」
「ああ。そうだ、金貨や宝石は欲しくないか? 山ほどあるぞっ!?」
「きゃあああっ!?」

 フックのつまらぬ提案の途中で、いきなりフィリアの叫びが場を貫いた。思わず上を見上げると、高い崖上からフィリアが吹き飛ばされるように流れてきて、ふわふわと落ち始めている。必ず追いつくと言っていたが、まさか、そんなところからやって来るとは。
 フィリアの着地予想地点は海の上。ワニがいる。受け止めないと──

「ヴェン!」 

 フィリアがこちらを見て、悲鳴まじりの声で呼んでくる。なんとか地に足を落ち着けたフックが、レイピアの先を向けていた。
 でもだいじょうぶ。きっとこうするって分かっていたから。

「これでどうだ!」

 額を狙ってきた剣筋をしゃがんで回避。お返しに、そっとフックの腹に当てたキーブレードを力いっぱい振り切った。きれいな放物線を描きながら、フックが海へ落ちてゆく。
 嬉々として、フックのもとへ急ぐワニ。
 フックが海に落っこちる音を聞きながら、羽の速度で落ちてくるフィリアを回収した。

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