チシャ猫が言っていたことはこれのことだったんだ。
 女王の号令に従い、わたわたとトランプ兵が集まってくる。ドナルドたちが内側から攻撃しても柵はびくともしなかった。

「フィリアは、ソラのところへ!」

 取り囲まれてしまう前に、ドナルドが囁いてくる。

「けど、二人は……」
「僕たちは大丈夫。今は自分の身を守るんだ」
「フィリア、後ろ!」

 グーフィーの叫びに反応するより早く、背後で斧を振り上げていたスペードの体がペニャッと曲がる。彼がヒラヒラ倒れた後には、キーブレードを肩に担いだソラがいた。

「みんな、無事か?」
「これが無事に見える?」
「待ってたよぉ」
「ソラ! ドナルドとグーフィーを助けて!」
「ああ。これくらいキーブレードですぐに――」

 しかし、全員が一ヶ所集まったせいで敵の攻撃も一点に集中しやすくなったようだ。ソラを追っかけてきた兵士たちが槍や斧をひっきりなしに向けてくる。こちらも負けじと応戦するがきりがない。
 ふと、ソラが何かに気づいたようだった。その視線の先には玉座でぶりぶり腕を振り上げた女王が、真っ赤な顔でわめいている。

「おまえたち! そいつをハンドルにさわらせるんじゃないよ!」
「ハンドル?」
「ソラ、あの塔に付いている歯車だよ。それでアリスの牢屋を操作していたの」
「よし。フィリア、あれを狙おう!」
「わかった!」
「僕たちは!?」

 ドナルドの悲鳴に、ソラは「後で!」と答えながらハートの7が突き出してきた槍先を避ける。

「いっけー!」

 ソラのブリザドが氷のつぶてとなって、トランプ兵たちの顔面へ降り注ぐ。口に氷をたくさん蓄えたトランプ兵たちは体を折り曲げて地面にペッペッと吐き出していた。

「凍れ!」

 こちらのブリザドもトランプ兵たちの足を捕らえ、地面へしっかり縫い付ける。トランプ兵たちは全員紙の体なので、ファイアを向けるのはためらいがあった。

「こいつら、しぶとい!」

 ついにソラが苛立った声をあげた。もう何十枚もペナペナに倒したが一向に減る気配もなく、何度も何度も復活してくるのだ。

「おまえたち! 何をやっているんだい! しっかりおし!」

 そんなとき、またあの女王の声が聞こえた。ヘロヘロになったトランプ兵たちは彼女の怒声に怯えて甦っているようだ。
 まずはあそこをどうにかしないと。

「フィリア!」
「うん!」

 ソラをサポートするため、女王を守っていたすべての兵士を足止めしようと魔力を集中させる。ピリピリとした緊張感。背筋を走る戦慄で、遠い何かを思い出せそうな気持ちになる。

「凍れ!」

 そんなことを考えながら唱えたせいか、具現したのは氷の風ではなくヒトの頭ほどある氷の塊だった。驚く暇もなく、魔法は女王へ飛んでゆく。

「ギャアーーッ!!」

 氷が鼻にヒットし、彼女は悲鳴をあげてひっくり返った。ハート柄のかぼちゃパンツが丸出しになって、太く短い足がジタバタ宙を泳いでいたが、ハートの兵たちはププッと口を押さえて笑うだけで彼女を助ける気配はない。

「いいぞ、フィリア!」

 ソラが誉めてくれてうれしかったが、胸のあたりがモヤモヤする。

「今のは…………なに?」

 確かにブリザドだけれど、違う。魔法の失敗? 力みすぎたのだろうか。

「今のうちに塔を壊そう!」

 それでも、塔を守る兵士は山ほどいる。ドナルドとグーフィーを先に助け出した方が良いのでは? そう提案する前にソラが戦いながら囁いてきた。

「フィリア。トラヴァースタウンで使っていた魔法、できる?」
「え――あれを?」
「あいつらを驚かせるだけでもいいんだ。頼むよ」
「……やってみる」

 ソラに頼ってもらえたのに、出来ないなんて言いたくなかった。雷の魔法はまだよく思い出せないので、トランプ兵たちには悪いが炎の魔法を使わせてもらう。

「炎よ!」

 上手に再現できず、生まれた炎はひとつだけだった。それでも普通のファイアの数倍はある大きさで、トランプ兵たちは見るなり後ずさったり、倒れこみ重なりあったりして炎から逃げ惑った。

「やった!」

 炎の後をソラが追う。炎は塔にぶつかり爆発し、半壊したハンドルつきの塔はキーブレードで完全に破壊された。









 檻がストーンと落ちてきたとき、裁判所は沈黙に包まれた。

「アリスの声が聞こえないな」
「うん……」

 あの元気いっぱいのアリスならば「痛いわ」とか「乱暴ね」やら騒いでいてもおかしくなさそうなのに、不気味なほど何の物音も聞こえてこない。果たしてアリスは無事なのだろうか。その場にいたものすべて、あの女王ですらアリスの安否に注目していた。

「えっ!?」

 答えはすぐに得られた。檻の中にアリスはおらず空っぽになっていたのだ。全員がポカンと檻を見つめ、確かに誰もいないことを確認しあった。

「……消え、ちゃった……」
「なんてことだ。被告人がいなければ、私のハートを狙ったものを裁けないじゃないか!」

 被告人など誰でもよかったと白状してるも同然な発言をしてる女王から視線を逸らし、ソラがドナルドとグーフィーの檻を叩き壊した。裁判所の隅で四人こそこそ顔を合わせる。

「アリスはどうやって檻から出たのかなぁ?」
「あの檻は、ドナルドたちのよりも頑丈だったぞ」
「アリスが自分で抜け出したんじゃないとすると」
「僕たちが戦っている間にさらわれたんだ!」

 では、誰に?

「おまえたち! こうなったら誰でもいいから早く真犯人をつかまえるんだよ!」

 女王の命令で再び裁判所は大混乱になる。けれど、先ほどの戦闘のおかげか誰もこちらを捕らえようとはしてこなかった。

「ねぇ、アリスがどこへ行ったのか手がかりが残っていないかな?」

 グーフィーの提案で軽く調査してみることになった。まずは牢屋。未だ鍵がかかったままだし、かといって鉄柵には傷ひとつ見当たらなくて、こじ開けられた等の形跡はなかった。その横で牢番をしていたスペードの1がひとりでブツブツ呟いている。

「ほんの少し目を離しただけなのに……早く見つけないと、女王様の怒りが爆発する。このままアリスを見つけられなかったらひどい目にあうぞ。私も裁判にかけられてしまうかも……」

 一見お気の毒だが、自分に害が振りかかるのを恐れているだけで、無実のアリスはどうなってもいいというひとに同情はできない。
 玉座でわめき散らしている女王の側へ行くと、案の定怒鳴りつけられた。

「ぐずぐずするんじゃないよ! まさか、おまえたちがアリスを隠したんじゃないだろうね? アリスが見つからなかったら、おまえたちを……」
「俺たちを、どうするつもり?」

 ソラにじっと見られ、女王は顔を真っ赤にして少し黙った。だが次の瞬間には側にいたトランプ兵に「何を立ち止まっている!」と声を張り上げる。――どうしようもないひと。彼女は今まで誰かに対して謝罪したことすらないのだろう。
 ハートの1と2がずかずかと近寄ってきて

「被告がいなければ裁判にならん。さっさとアリスを見つけてくるんだ! アリスを見つけられなかったら……覚悟しとけよ」

 言うだけ言って去って行く。
 ハンカチを冷や汗でびしょびょにさせた白ウサギがラッパを鳴らし宣言した。

「女王様の命令であります。ただちにアリスを見つけるように! アリスを連れ戻すまで裁判は一時中止であります。女王はすみやかな解決を望んでおられます」

 トランプ兵たちがいくつも列をつくって裁判所から出てゆく。その背を見送りながらソラが一度キーブレードを消した。

「もう、ここにいても仕方ないな」
「アリスを探しにいこう!」

 ドナルドの発言に、グーフィーがポリポリ頭をかく。

「アリスはいま、どこにいるのかなぁ?」
「分からないけど、ここから一番近い出口はハスの森だね」

 ハスの葉は丸くて可愛らしく、この世界で一番気に入った空間だ。
 ソラがこちらを見て「そうだな」と頷いた。

「とりあえず、またあの森から探そうよ。またチシャ猫に会えるかもしれないし」
「信用できるかなぁ」

 しかめっ面したドナルドの呟きを聞きながら、森へ進む。

「女王より先に、アリスを見つけてあげなくちゃ……」

 漠然とした不安があった。厳重に見張られていたにも係わらず、誰にも気づかれずにアリスを拐う力をもつものとは――。これ以上、大変なことに巻き込まれていなければよいのだが。

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