再び森に足を踏み入れたとき、少し様子が変わっていた。水溜まりの側に無かったはずの石があって、その上にチシャ猫が現れる。彼は表情をひとつしか持たないのか、今回もへらへらと笑っていた。
「アリスを知らないか?」
「アリスは見てない。影なら見たよ」
「何の影を見たの?」
「さぁ、何の影だろうね?」
また肝心なところを隠す。更に教えてと粘るべきか考えていると、次にグーフィーが訊ねた。
「どっちに行ったんだい?」
「あっちかな? こっちかな? どっちと教えてもウソになる。影のせいで、上も下も左も右もめちゃくちゃなんだ」
空間なんて、めちゃくちゃになりようがあるのだろうか? 全員でチラチラ顔を見合わせながら彼の話に聞き入った。
「森の奥へと進んでごらん。誰もいない庭を通って――さかさまの部屋を見つけたら影に会えるかもしれないね」
そこでチシャ猫の姿が消える。ドナルドは腕を組んで平たい足をパタパタさせた。
「僕は信じないぞ」
「でも、他に手がかりはないじゃないか」
「証拠を見つけても牢屋に閉じ込められたんだ。影を見つけてもアリスが見つかるか分からないよ」
ドナルドはすっかりチシャ猫を信じられなくなってしまったみたいだ。ソラがこちらを横目で見てくる。先にグーフィーが意見した。
「困っているみたいだし、僕は影の正体を調べた方がいいと思うよ」
ムムッとドナルドがこちらへ詰め寄ってくる。
「フィリアはどう思うの?」
「え? 私は……」
「ドナルド、近すぎだって!」
いっせいに注目されると緊張してしまう。チシャ猫を信じるか、信じないか。先ほどの彼から悪意は感じなかったが、こちらを助けてやろうという親切心はブリザドの時くらいで、証拠がどうせ役に立たない結果を見透かして面白がるような様子も見せた。
「よく知らない人の言葉を何でも鵜呑みにしてしまっては危険だよ。よく考えてみてごらん」
ソラのフードからジミニーがそっと発言した。いよいよ決定権が自分に委ねられてしまう。ドナルドの鼻息が荒い。
「私は、チシャ猫は親切で教えてくれているんじゃないと思う……」
ドナルドの目がパッと輝き、ソラが困った顔をする。
「けど、アリスが逆さまの部屋にいるかもしれないのなら、行かなくちゃ」
ソラがウンウン頷き、ドナルドが肩をすくめた。
「それじゃあ、森の奥にしゅっぱーつ!」
「僕は反対したからな」
ソラの掛け声の横で、ドナルドが語気を強めに言い捨てた。
ハートレスたちの襲撃をかいくぐり、13〜15番目の子犬たちも見つけながら、証拠を探した時より森の奥へ。先の戦いの反省を生かし、なるべくソラから離れないように心がけた。ソラもちょくちょく気にかけてくれ、ドナルドとグーフィーのサポートもあり、なんとか順調に進んでゆく。
葉っぱを左右に分けて現れたトンネルを抜けると、いきなりパーティー会場に出た。小さな垣根に囲まれた庭へ会場を用意したらしく、頭上にカラフルな電飾を吊るし、純白のクロスをかけた大きなテーブルと、デザインが異なる七人分の椅子を用意するなど、かなり丁寧な歓迎の準備がされている。あったかいお茶まで用意されているのに人影がないことは気になったが、大きな緑の帽子をかぶったマッドハッターと茶色い毛並みの三月ウサギの絵の横にはしっかりメッセージが書きこまれていた。
"お誕生日でない方おめでとう。椅子に座るとプレゼントがもらえるぞ"
「誕生日じゃないのに、プレゼントをもらっていいのか?」
「面白そうだね。座ってみようよ」
フカフカなクッションが敷かれた椅子に、木で飾り彫りがなされた椅子――ドナルドは一番豪華な椅子に興味津々な様子だ。
「賛成! みんな、順番に好きな椅子を選ぼう!」
「僕はどの椅子にしようかなぁ」
早速、各々に気に入った椅子に腰かけてみた。ソラが選んでポーションが、グーフィーが選んでエリクサーが、ドナルドと自分が選んだときはハートレスが現れた。なぜ……。
少々恨めしく思ったが、良いものが出ているときには自信満々の顔をしていた絵画の二人がハートレスの時には仰天していて、落ち込んだ気持ちが慰められた。
パーティー会場の扉の先にチシャ猫の言ってい部屋があった。呼び名の通りドアノブがいた部屋をそっくりそのまま「さかさま」にした部屋で、市松模様の床が天井になっている。まるで鏡を見ているような不思議さにわぁ、と感嘆がこぼれた。
「チシャ猫が言っていた場所はここだねぇ」
「影なんて見当たらないな」
「アリスもいないみたい……」
「ほら、やっぱり僕の言った通りだったろう!」
ドナルドがプリプリ怒りながら手を腰にやると、彼の頭上にチシャ猫が現れた。
「どこかに影がかくれているよ」
え、どこに? 全員でキョロキョロ見回していると、ケラケラ笑い声が降ってくる。
「なになに、影を見つけたい? 明かりをつければ簡単さ」
「明かり? なら、魔法で――」
ファイアで周囲を照らしてみるが、何も起きない。
「そんな小さな明かりじゃダメだよ」
「回りくどい言い方をするなぁ」
ソラがジトリとチシャ猫を見上げたとき、グーフィーが閃いた。
「ソラ! あのランプじゃないかなぁ」
卓上ランプのように飾られた二つの電球は、逆さまの部屋なので元は部屋の天井にあった照明だ。早速、ソラが点けに向かった。キーブレードを掲げ暖かな光が点ったが、なにも起きない。「明かりが弱い」と指摘するチシャ猫に従いもうひとつも光らせると、部屋の中がうんと明るくなった。
「これで明かりはそろったね。もうすぐ影が見えてくる。現れるのは、ここじゃない。この部屋だけど、違う場所だよ。おひるね中のドアノブ君も影に襲われちゃうかもね……」
言葉の終わりより早くチシャ猫の姿が消えてしまった。一番知りたいのは影ではなくアリスの居場所だというのに。
チシャ猫が消え、少し互いの顔色を見合った後、眉根を寄せているドナルドの横に居るグーフィーが口を開いた。
「どうするの? ソラ」
問われたソラも、これから良いことが待ち受けているとはあまり思えないのだろう。答えるまで表情に陰りがあった。
「ここまできて引き下がれるかって。ドアノブのいる部屋に行ってみよう!」
「うん……」
確かに、ここまで来たら先へ進むしかない。さすがにドナルドも、もう反論しなかった。