「ジーニーよ。わしの最後の願いだ」
ランプの間にジャファーの声が明朗に響く。ハッとして振り向くと、上空高くに浮かぶジャファーがいた。彼は歯をむき出しにし、クレイトンの時と同じような狂気に満ちた瞳で黄金のランプを頭上に掲げる。
「わしをおまえと同じ無敵の魔人ジーニーにせよ!」
声をあげる暇もない。ジーニーはためらい目を片手で覆いかぶせ、それでもジャファーの命令に従った。ジーニーの指先から放たれた一筋の魔力が当たり、ジャファーが黄金の光に包まれる。地鳴りとともにランプの間の底がぬけて溶岩が流れる最深部が現れた。先ほどまではひんやりしていたランプの間がいっきに蒸し暑くなる。
輝き失せぬままジャファーの姿は最深部へ吸い込まれるように消えていった。地の揺れが収まりあたりは不気味に静まり返る。はじめに口を開いたのはアラジンだった。
「ジャスミンの様子は?」
「気を失ってるだけみたいだ。先にジャファーを追いかけよう!」
ソラがぐっと拳を握る。彼が駆けだす前にグーフィーとドナルドが口々に言った。
「ジャファーはジーニーみたいに、無敵の魔人になっちゃったんだよね?」
「あの地の底から、ものすごい魔力を感じるぞ」
初めて会ったとき指を鳴らすだけでジーニーがハートレスを消していたように、今度はジャファーが指を鳴らすだけで自分たちが消されてしまうかもしれない。
ソラは少し考えるそぶりをし、すぐに答える。
「大丈夫、俺たちなら何とかなるって!」
「いっつもそう言うんだから」
ソラらしい鼓舞にドナルドはジト目になったが、アラジンはソラと同じ表情で頷いた。
「ああ。ほんとうにあいつがジーニーと同じになったのなら、完全に無敵なんかじゃないはずだ」
「どういうこと?」
問うと、アラジンは指を折りながらみんなに言った。
「ジーニーはどんな願いも叶えてくれるけど、できないこともあるんだ。願いを増やすことはできないし、人を殺すことはできない。死んだ人を蘇らせることはできないし、人の心を操ることはできない。あとは――ランプから遠く離れることができない」
「そうか、ジャファーはランプの精になったから――」
ソラがピンと閃いた表情からニカッとした笑顔になってこちらを見る。
「フィリア、そんな顔するなよ。俺にまかせろって!」
「ソラ……」
言われて、不安が顔に出てたことに気づく。ソラに手を差し出され、おずおず掴んだ。ぎゅっと握られるだけで不思議と勇気がわいてくる。
ソラが迷いのない声で言った。
「行こう。ジャファーと決着をつけるんだ!」
溶岩の中央には整えられた足場があって、着地するとこんな薄布の服を着ていても熱さで汗がにじむ。
こちらを待ち構えているであろうジャファーの気配と魔力は察知できるものの、姿はどこにも見当たらない。
「ジャファー、どこだ!」
ソラが呼ぶと、溶岩の中から巨大で真っ赤な肌色の魔人が高笑いしながら現れた。骨が浮き出るほど細かった体は筋肉隆々になっていて、見せつけるように腕を組んでこちらを見下ろしている。細眉や顎髭にジャファーの面影が残っていたが、下半身は幽霊のよう。彼は本当に人間をやめてしまったのだ――自分たちを倒すために。
魔人ジャファーは指先で顎髭を撫でながら太く笑った。
「逃げる時間をくれてやったというのに、ノコノコ追いかけてくるとは。無敵の魔人となったわしに敵うと思っているのか?」
ジャファーからピリピリとプレッシャーが放たれてくる。膨大な魔力と殺気を感じ取り、勝手に腕や足が震えだした。
「ソラ、どうするの?」
グーフィーが盾を構えながら問う。ソラはきょろきょろ周囲探り、見つけた。
「ランプだ。ジャファーのランプをうばうんだ!」
ソラの指す先でジャファーの相棒のイアーゴが一生懸命に赤い羽根を動かしている。彼にはランプが重いのか、溶岩の上をひぃひぃ汗だくで飛んでいた。ソラの言葉に魔人ジャファーの表情が歪む。
「イアーゴ。ランプを守れ! 絶対に奪われるな!」
「うるせぇ! そっちこそ俺を守れよな!」
早口で唾を飛ばしながら怒鳴るイアーゴを追いかけようとしたら、阻むように足元の床が高い壁のように伸びたり、逆に縮んだりと動き始めた。それならと風の魔法でこちらへ引き寄せようとしたら、鳥らしくうまく風に乗られて逃げられてしまう。
「危ない!」
アラジンの声が聞こえ、ソラに手を引かれた。さきほどまで立っていた場所近くにジャファーの拳が落ちる。床は拳の形にベッコリ凹み、振動で足がもつれそうになる。
「ランプをうばわれる前に、わしがおまえたちを全員溶岩に落としてやる」
人を直接殺めることができなくても、転ばせることで溶岩に落とすことはできるらしい。
ソラから澄んだ音がする。キーブレードを構える後ろ姿。
「俺たちがジャファーをひきつける。フィリアとアラジンはイアーゴを捕まえてくれ!」
「わかった! 行こう、フィリア!」
「あっ――う、うん!」
ソラの両脇にグーフィーとドナルドが並ぶのを羨ましく思った。
「フィリア、あっちだ」
アラジンと共に動くブロックに手をかけて登る。魔人相手にソラたちがどれだけ耐えられるかわからない。一秒でも早く捕まえなくては。
ジャファーの煽るような攻撃を上手くあしらっているソラたちを尻目に、ブロックを登り続けやっとイアーゴを発見した。油断しているのか、インコであるはずの彼は人間くさく床に座り込んで休憩している。彼には戦闘能力がないはず。そうっと背後から忍び寄って捕まえようとしたその時、服の装飾がチャリッと鳴って気づかれてしまった。
「そう簡単に捕まえられると思うなよ!」
イアーゴは黒いランプをひっつかんで、「あばよ」と、また遠くに飛んでいってしまう。悔し気にその背を見送っていると、アラジンが駆け寄ってきた。
「おしかったね」
「ごめん、服の音で気づかれちゃった」
「仕方ないさ。それより、いい考えが浮かんだんだ」
そして、白い歯を見せて笑うアラジンが耳打ちしてくる。
★ ★ ★
ジャファーはマッチョになった体がずいぶんと嬉しかったらしい。人間の時は魔法を駆使して戦ってきたが、魔人になってからは筋肉質な腕を振り回してばかりいた。溶岩の上にいるため、こちらから接近攻撃は仕掛けにくい。
「魔法なら届くぞ!」
ドナルドに倣ってブリザラをぶつけると、手ごたえあり。ジャファーの体の表面に薄く氷が張って、彼の動きを鈍くする。
「こしゃくな。この程度、痒くもないわ」
ジャファーが炎を纏わせた拳で襲いかかってくる。グーフィーが盾で防御してくれた隙にキーブレードでしたたかに指を殴りつけると、ジャファーは「アイテ!」と手首を抱え痛がった。
フィリアが走り回っている音が聞こえる。絶対にジャファーに狙われないようにしなくては。
★ ★ ★
シャン、シャラ、涼やかな音が鳴らしながらイアーゴを追いかける。イアーゴは右に行けば左へ、左から行けば右へと逃げた。ときどき魔法も放ってみるが、逃げに徹している彼は器用に避けてしまう。
「しつこいやつだな! これならどうだ!」
ついに業を煮やしたイアーゴが一番高くなった足場へ向かって高度をあげた。さすがにあそこへ一気に行けない。彼はこちらを見下ろし鼻で笑った。
「これるもんなら、ここまでおいで――うぎゃっ!」
「捕まえたぞ、イアーゴ!」
下ばかり見て隙だらけのイアーゴを、待ち構えていたアラジンが両手でしっかり捕まえる。自分が音が鳴る服でイアーゴを追いかけ、アラジンが潜む高所へ誘導する作戦どおり。
「やった!」
「くそっ、ちくしょう、離せ!」
「だめだ。コラ、暴れるな」
ジタバタ暴れるイアーゴをアラジンは力を籠めて押さえつけるしかなく、ランプ回収にてこずっていた。
ふと、そんな彼らに大きな影がおちる。
「アラジン!」
ランプの危機に気づいたジャファーだった。彼は燃え盛る溶岩のかたまりを持ち上げており、思いきりアラジンへ投げつける。呼びかけで気づいたアラジンは寸でのところで他の足場へ飛び降りて無事だったが、轟音と共に先ほどまで彼が立っていた場所が崩壊していた。
「危ないところだった……」
冷や汗をぬぐうアラジンへ駆けつけると、その手の中のイアーゴはランプを持っていなかった。
「あれ、ランプはどこ?」
「なんだって!?」
慌てて周囲を見回すと、遥か下の足場に落ちているのを見つけた。先ほどの衝撃で落ちてしまったようだ。急いで回収に向かおうとしたが、先にランプ近くの溶岩からジャファーがニタニタと現れる。
「惜しかったなぁ。ドブネズミの諸君……イアーゴ、何をしている! 早くランプを回収しろ」
叱り飛ばしながら、ジャファーがイアーゴへケアルを唱えている。
ジャファーに見張られてしまっては、ランプにうかつに近づけない。逡巡していると、ソラたちがやってきて共にジャファーと対峙した。
「みんな、一緒に!」
短い声掛けに頷きソラに続いて走る。ジャファーが目からサンダラを光線のように放ってきた。凝縮された雷の熱はたやすく床石を焼き削る。
ソラはサンダラを避けながら、キーブレードでランプを殴り飛ばした。ランプへの衝撃が届くのか「ぐぅッ!?」とジャファーが胸を押さえて苦しみ、それでもソラを攻撃しようとしている。
「凍れ!」
全力で唱えたブリザラは、左フックをしようとしていたジャファーの指先から手首までを地に縫い留めた。
その間にも、ジャファーから離れ転がってきたランプをグーフィーが拾い、アラジンの手を振りきったイアーゴがそれを奪った。ドナルドのサンダーがランプを掴んでいた鳥足に当たり、ランプが足場の端に落ちて溶岩の方向へ跳ねる。それをアラジンに投げられたアブーがギリギリでキャッチし、そのままソラへ投げ渡した。
ソラが黒いランプを両手で掲げる。
「魔人ジャファー! ランプの中へ戻れ!」
絶望するジャファーの顔が見えたのは一瞬だけ。悲鳴と魔法の光をまき散らしながら、とっさにイアーゴを掴んだジャファーはご主人様の命令に従ってスポッとランプの中に消えていった。