ランプの中からジャファーたちがケンカをしている声が聞こえる。
ソラの手にあるランプを覗き込んだアラジンが「これで、もう悪さはできないな」と微笑んだあと、ピュイッと指笛を吹いた。たちまちじゅうたんが飛んできてくれる。
「さぁ、ジャスミンのところへ行こう」
みんなと共にじゅうたんへ乗り込もうとして、石床にペラッと紙が落ちていることに気がついた。多少変色しているが上質な紙に走り書きでタイトルが書かれている。
「“アンセムレポート0”……?」
読み上げるとソラ、ドナルド、グーフィーが驚き顔で駆け寄ってきた。みんな目をまんまるにしてレポートを覗きこんでくる。
「それ、レオンたちが言ってたやつだ」
「ハートレスのことを研究したレポート!」
「ジャファーが持っていたのかな?」
ソラのフードからジミニーが出てきて「私が保管しておこう」と言ったので、丁寧に小さく折りたたんで彼に渡した。
さて、じゅうたんに乗って最深部から脱出すると大変なことになっていた。眠っていたはずのジャスミンがランプの間のどこにもいない。
「ジャスミン!? ジャスミン!!」
身を隠す場所などないし、目覚めたならば最深部で自分たちが戦っていたこともすぐ気づくはず。彼女がひとりでどこかへ行くとは思えない。
「ジャスミン! 僕だ。隠れているのなら出てきてくれ!」
アラジンとジャスミンを探す前に、ソラが鍵穴と向き合った。鍵穴は一見壁の装飾のようなのに、まるで大きな動物を前にしたようなあたたかさや脈動――心の気配が伝わってくる。このまま暴かれた状態で放ってはおけない。キーブレードから光が放たれ鍵穴から施錠の音が聞こえると、静かに世界の心の気配の場所が分からなくなっていった。
輝く砂となって鍵穴が消えた途端、最深部が現れた時より大きく洞窟が大きく揺れだした。天井から石がたくさん落ちてきて、太い柱が倒れてしまう。自分の側にあった一本も派手に折れてきて、とっさにソラにしがみついた。グーフィーが盾を頭上に構え、落ちてくる小石や砂から頭を守っている。
「逃げたほうがよさそうな感じ」
鍵穴が封印された影響か、洞窟が崩壊しようとしている。ジャスミンを探し留まろうとするアラジンを総がかりでじゅうたんに乗せ、落ちてくる岩や吹き上がる炎を避けながら、なんとか魔法の洞窟を脱出した。
時間をかけてアグラバーのアラジンの家に戻ってきた。
みんな落ちこんでいたが、特にアラジンは目も当てられないほど消沈してしまっていて、洞窟から出てからひとこともしゃべらない。自分と彼、ジャスミンとカイリを重ねて想像してしまったら、気の毒で声をかけられずにいられなかった。
「アラジン。あの時、ジャスミンは洞窟にはいなかったと思うの」
「……どうして、そんなことがわかるんだい?」
「きっと、マレフィセントがジャスミンを別の世界に連れて行ったんだ」
アラジンの低く元気のない声に答えたのはソラ。アラジンの瞳にみるみる光が戻ってきて、真剣な表情で口早に問うてきた。
「マレフィセントって、ランプの間で見た黒いマントの――別の世界って、君たちはいったい……?」
「ソラ!」
ドナルドがクチバシをいっぱいに広げて叫んだが、もうなかったことにはできない。慌てるドナルドをよそにソラと一緒にすっかり事情を説明した。アラジンはとても驚いていたみたいだが、最終的にすべて信じてくれたようだった。
「……じゃあジャスミンは、アグラバーにはいないってことか? ソラ、フィリア。いっしょにジャスミンをさがしに行こう!」
「うん」と言ってあげたい気持ちを堪え首を僅かに横にふる。うつむいたソラが答えた。
「……ごめん。つれていくわけにはいかないんだ」
「そんな……」
立ち上がったアラジンが、また力なく階段に座ってしまう。グーフィーが眉を吊り上げたままのドナルドへ話しかけた。
「なんだか、かわいそうだね」
「しかたないよ。彼をよその世界につれていったら……」
「カ……カ……」
「干渉!」
アラジンは心強い仲間だけれど、彼はキーブレードの勇者ではないし彼の世界も消えてはいない。彼をこの世界から連れ出すことも干渉に該当する。
「アラジン、俺たちにまかせてよ。必ずジャスミンを助けるから」
ソラがアラジンと約束するのを複雑極まる気持ちで見つめる。ソラの約束と探し物がまたひとつ増えた。助けたかったのに闇に奪われてしまった人はアリスに続いて二人目だ。全て取り戻すには、きっとマレフィセントと対峙する必要があるだろう。説得できるとは思えない。彼女から感じた魔力を思い出し寒気がした。
「落ち込むなよ。まだひとつ願いが残ってるだろ?」
気安くアラジンの肩に腕を回したのはジーニー。ジャファーが3つめの願いを叶えた後にどこかへやってしまったランプを目ざとくアブーが回収していたようで、今の彼の主人はアラジンに戻っていた。
いつもカラカラと笑っていた彼らしからぬ、眉をさげた寂しげな笑顔でジーニーはアラジンへ囁く。
「ホラ、言ってくれよ。ジャスミンを探してくれってさ」
アラジンとジーニーの交わした「ジーニーを自由にする約束」を思い出す。誰も口出しする権利はない。皆で黙って見守っていると、やっとアラジンが決意した表情で顔を上げた。
「僕は、願う――ジーニーを自由の身にしてくれ」
「アル!!」
ポカンとしたジーニーがランプから放たれた魔法の光に包まれる。次の瞬間には彼から手首の腕輪が消え去り、二本の足が生えていた。
「これでいいんだ、ジーニー。どこへ行くのも、何をするのもキミの自由だ――だけど」
アラジンは搾りだすような声で続ける。
「できれば。できればソラがジャスミンを探すのを手伝って欲しい」
「アラジン……」
本当は己でジャスミンを助けに行きたいだろうに、自分たちを信じてくれたアラジンに感謝の気持ちを抱いた。ところがジーニーは「悪いが、俺はもう誰の命令もきくつもりはないね」とアラジンにツンと背を向けて腕を組んでしまう。
「――だが、親友の頼みってやつは、まだきいたことがないから……試してもいいかもな」
振り向いて、ジーニーはいたずらっぽく笑う。
「なあアル。俺たちは親友かい?」
「ジーニー――」
先ほどと同じように肩を抱き、穏やかに訊ねてくるジーニーを見あげるアラジンの目じりには薄っすらと涙が浮かんでいた。
「まかせとけよ。アル」
ドンと胸を張るジーニー。頷いたアラジンには明るい笑顔が戻っていた。