クジラの腹の奥はとても大きな空洞になっており、床、壁、天井すべてに黄緑色の血管とカラフルな細胞が敷き詰められ、張り巡らされている。それらがどういう仕組みか不気味に輝くため、口の中よりも明るかった。
「あっ、ピノキオ!」
ピノキオは、案外すぐに見つかった。空洞と空洞を繋ぐ弁のようなところにつかまり、こちらをワクワクした表情で見つめている。
化け物に遭遇していなくてよかった。こちらの気持ちを察していないピノキオがアハアハ笑った。
「ねぇ、鬼ごっこしようよ!」
さすがに能天気がすぎる提案に、ソラは呆れたため息を吐いた。
「何やってるんだよ。戻るぞ」
「ゼペットじいさんが心配してるよ」
グーフィーが父親の名を出すも、ピノキオの遊びたい気持ちは収まっていない様子だった。瞳がキラキラ輝いている……。
「早く外へ出ないと。遊んでる場合じゃないだろ」
ソラがちょっと怒った口調でピノキオを叱った。
今はまだ無事だけれど、クジラの腹の中に居続けたら消化されてしまうかも。みんなが背を向けて入口へ歩き出したため、自分もついていこうとしたときだった。ピノキオの傍に誰かが立つ。
「おまえも前はよく遊んでたのにな」
「え……?」
驚きのあまり、夢かと思った。どうしてか、そこにリクが立っていた。リクはこちらにいつものように優しく笑んで、スッと視線をソラへと移す。
「キーブレードの勇者になったら、子供の遊びは卒業か?」
「リク! こんなとこで何やってるんだよ!?」
振り向いたソラも、とても驚いたのだろう。リクを見るなり大きな声をだした。
「だから、ピノキオと遊んでるのさ」
いつもみたいにリクがソラをからかってる光景なのに、なぜか不穏な気配がした。リクのソラを見つめる瞳がつめたく感じる――。
「そうじゃなくて――カイリは。カイリは見つかったのか?」
「どうかな。俺をつかまえたら教えてやる――ってのはどうだ?」
「ふざけるなよ!」
ソラの怒鳴り声に思わず肩がビクリと跳ねる。リクはピノキオの手をとって、あっという間に奥へ走り去ってしまった。ピノキオの「そっちが鬼だよ!」という笑い声が奥から響いてくる。
「あぁ、ピノキオが……!」
ジミニーがソラのフードから飛び出して、ピノキオを心配していた。
どうしてリクがここに。リクも世界を移動する手段を持っている? けれど、リクまでクジラに食べられていたなんて。
「追いかけるぞ!」
ソラの怒声でハッと思考をきる。
リクたちが逃げた通路をくぐると、更に広い場所へ出た。さっさと通り過ぎたのか、二人の姿はどこにも見えない。ソラが先頭きって部屋に踏み入ると、ハートレス達がわきだして囲まれてしまった。
「邪魔するなよ!」
ソラが怒りにまかせてハートレスに向かってゆく。パワーワイルド、エアソルジャー、バンディット、ファットバンディットなどなど、やっかいな敵ばかり。援護が必要だ。
リクとピノキオが襲われていなければいいけれど――。やはり、先ほどのリクの様子はおかしかった。トラヴァースタウンでは彼も真面目にカイリを探していたようだったのに、どうして先ほどソラの問いをはぐらかすようなことを言ったのだろう?
リクのことばかり考えて、集中しきれなかったのが良くなかった。エアロがきれたタイミングで、近くを飛んでいたエアソルジャーが急降下してきたのに反応しきれず、頭部をおもいきり蹴り飛ばされてしまう。
「うっ――」
ぐらっと視界が回るほどの眩暈に襲われた。気絶しそうなモヤがかった意識の中、倒れる前に誰かに抱えられ、そのまま宙に浮く感覚が続く。
「フィリア!」
ソラが呼んでいる。エアソルジャーに抱えられていると気づいたときには、天井近くにまで高く宙を飛んでいた。
「待て!」
ドナルドの魔法が側を掠めてゆく。ハートレスに囲まれて、ソラたちは助けに来られないようだった。自分でなんとかしなければ――くらくらする頭を押さえて考えている間に、とてもジャンプでは届かない高台の更に上にあった通路を潜り抜けてしまう。ソラたちが戦う音すら聞こえなくなってしまった。
「やだ……」
どこへ連れていかれるのか知らないが、このままでは相当にマズイことになるようなことだけは分かる。眩暈をこらえ腕をつっぱってみるも、エアソルジャーを振り払うには足りなかった。やはり魔法を使うしかない。
「――放して!」
焦りにまかせ、調整もせずに魔力を籠めるだけ籠めて解放する。エアソルジャーが爆炎に包まれ、魔法の反動で床に放り投げられた。受け身をとらなくちゃ――!
「風よ!」
とっさにエアロを使ってみたが、それほどうまくいかず。床や壁に叩きつけられるのは免れたものの、ずべしゃっと音をたてながら転がり落ちた。
「いたた……」
ぬめっているおかげで擦り傷を作らずに済んだが、粘液がくっついて気持ち悪い。
周囲に人の気配はない。エアソルジャーが通った通路は遥か高みにある。
「ソラ、ドナルド、グーフィー!」
マーリンに忠告されていたというのに楽観していた。魔物だらけの未知の場所をひとりで動かなければならない状況に陥ることになるとは想定していなかったため、唐突に心細くなった。右も左も分からない。外観に特徴もなく、洞窟のような場所のため高所から見渡すこともできない。時間がかかりすぎれば化け物に遭遇してしまうかもしれない。
そこで悪い想像をやめて、ここで座り込んでいるよりマシかと前を向いて歩き始めるも、少しも進まぬうちにまたハートレスたちがわきはじめる。
「雷よ!」
範囲魔法で蹴散らしながら、とにかく捕まらぬよう走り続けた。なかでも緑色の小さな飛ぶハートレス、グリーンレクイエムが難敵だ。ファイアもブリザドもサンダーも吸収し、せっかく倒せそうだったハートレスたちを回復させてしまう。
「魔力が尽きる前に、はやくソラたちと合流しなくちゃ!」
そうして、別の部屋に逃げ込もうとタルの側を通りかかった時だった。ゼペットじいさんが目印に覚えておくといいと言っていたなと思い出していると、そのタルからパキパキと音がなり、紫色で節がある、まるで蜘蛛のような足が生える。アグラバーのポットスパイダーによく似ていた。バレルスパイダーはタルに空いた穴からのぞく目でしかとこちらを見定めており、瞬時に跳び、足を広げて飛びかかってくる。
「――きゃああぁっ!」
避けるには近すぎたし、エアロで身を守る暇もない。思わず頭を腕で守り、ただただ悲鳴をあげていた。