冬がきた。二日前から深々と雪が降り積もり、外は一面銀世界。
 剣の修行を終えて、タオルで汗を拭いながら、ヴェントゥスは大広間の高い天井を見上げていた。

「大広間って、夏は涼しいけど冬は寒いな」
「石造りだから仕方ないさ」

 隣にいたテラが笑う。しっかりとした筋肉をもつテラは他の者よりも寒さを感じていないようだ。
 はぁ、と息を吐きだすと白かった。汗をたくさんかいたせいで体温が冷え寒い。

「俺、あったかいものが飲みたい」
「ちょうど今フィリアがポーションをあっためているはずよ。食堂へ行きましょう」

 笑んだアクアの言葉に、耳を疑う。

「え……あったかいポーションっておいしいの?」
「甘みが増して、おいしいよ?」
「ただし、エリクサーはだめだ」

 「高級品なのにあれは……」とテラが顔を顰めて言った。それほどまでの味ならばむしろ試しに飲んでみたくなるなと思っていると、甘い香りが漂ってきた。

「あ、三人とも、おつかれさま」

 食堂に入ると、フィリアが鍋に入れたポーションを陶器のカップに移していた。アクアの勧めるあったかポーション。どれ程の味なのか期待に胸がときめいた。

「ありがとう、フィリア。ねぇ、飲んでいい?」
「うん、どうぞ。すぐに飲める温度にしておいたから」

 鍋を流しに片付けるフィリアの許しを得て手前にあった湯気の昇るカップを手に取った。そして喉の渇きのままに一気にカップを傾ける──。

「やっぱり冬は、これだよな」
「フィリア。マスターの分はちゃんとできた?」
「うん。ちゃんとエリクサーとアレを混ぜて……あれ……ない?」
「え?」
「どうした?」
「マスターのカップ、ここに一緒に置いておいたのに……」

 三人が机の上を探す中。ヴェントゥスの腕がガクガクと震え始めた。

「…………っ……ぅ、」

 出てきたのはうめき声。今まで一度も味わったことのない衝撃が口の中で暴れている。

「ヴェン?」

 ヴェントゥスの異変に気づいたテラの声に、その場の全員がヴェントゥスに注目した。

「ヴェンが持ってるのマスターのカップよ!」
「え……えぇっ!? ヴェン、アレを飲んじゃったの?」

 手からカップが滑り落ちた。空のカップが机に転がる。視界がぐるんぐるんと回っている。

「…………っ」
「ヴェン、今水を──きゃあっ!」

 フィリアの悲鳴が聞こえたが、意識はそのまま薄らいでいった。 





★ ★ ★





 ヴァニタスは闇の回廊を歩いていた。
 渦巻く闇がまるで絡みついてくるようだ。絡め取られないように歩き続けるのだが、それらはどれだけ足を速めてもしつこくその触手を伸ばしてくる。
 目的の世界にたどり着くと闇は光に溶けるように消滅した。その世界独特の奇妙な建物が目に飛び込んでくる。

「早かったな」

 すぐにゼアノートが待ち構えていた。この世界に来るように言ったのはゼアノートなのだから当然か。

「マスター。どうして俺をこの世界に呼び出したんだ?」

 今まであの荒野から出てるなと言っていたのに。
 しかしゼアノートはこちらの質問には答えずに、まるで見極めるようなあの目つきでふっと笑った。

「ヴァニタス、おまえはこの世界をどう思う?」
「?……光が多すぎて、鬱陶しい」

 光が多い世界。幸せと喜びで溢れている。闇の住人の自分にはあまり好むべき場所ではない。

「そう。今、世界はすべて“こう”なのだ。光が闇を浸食し、バランスを失いかけている」

 片手で表現をしながらゼアノートが語りだす。

「すべては闇から生まれ闇に還る。なのにエラクゥスはそれを詭弁だと言い、闇を消し去ろうと考えている」

 エラクゥス──ヴェントゥスの師。闇を憎んでいると聞いている。
 ゼアノートは世界の光と闇に熱心なようだが、自分にとって世界なんてどうでもいい。光はただ気に食わないだけ。……しかし、世界の光を全て闇に溶かすことができたなら──それはきっと楽しいだろう。

「私はこれからしばらく旅に出る。その間、おまえも自由に世界を旅し、その目で確かめてくるといい」
「いいのか?」
「ただしヴェントゥスたちとの接触は禁止する。決して奴らには見つかるな」
「………………はい」

 真っ先にしようとしていたことを禁止されつまらないが、あの場所でずっと退屈しているよりはずっとマシだ。

「旅中も、ヴェントゥスの監視だけは今までどおり怠るな」

 そう言い残すと、ゼアノートは闇の回廊を作り出しその中へ消えていった。





★ ★ ★





 雪が溶け去り草木が萌える。春がやってきていた。

「──うわぁっ!」

 地面に落とされる感覚にヴェントゥスはとっさに受身をとる。叩きつけられる衝撃に息が詰まった。

「そこまで! 午前の修行はこれまでとする」
「ありがとうございました」

 痛みを堪えて立ち上がり、エラクゥスに礼をする。

「……あーあ、今日も上手くいかなかった」
「ヴェンは、焦りすぎなんだよ」

 腕を頭の後ろに組んでぼやくと、キーブレードをしまったテラが言った。
 毎日のように手合わせをしているが、未だテラに全敗している……最近はよく作戦をたててテラの不意を突こうとするのだが、結果は芳しくなく、すべて一蹴されてしまってていた。

「明日こそ、絶対テラに勝ってやる!」
「その言葉、何回目だ?」

 テラが余裕気に笑うのですごく悔しい。次はどんな作戦をたてようか考えていると、フィリアとアクアが城の中からやってきた。

「二人ともおつかれさま。はい、ポーション」
「ああ、ありがとう」
「っ……ありがと」

 アクアからポーションの瓶を手渡された。
 ポーション。こんなに甘いのに、あったかいエリクサーともう一つ何かを混ぜるだけであんな味に変化するとは……隠しているが、あの日以来ポーションの甘さすら大の苦手になってしまった。
 ケアルを使えばこんな傷はすぐに治るのだが、本来体が持っている体の回復機能が弱まってしまうとなどと言われ、戦闘時などの緊急時以外は使用禁止にされている。

「ヴェン、ポーション飲まないの?」

 ポーションの瓶をじっと見つめていたら、いつの間にかテラとアクアは城の中へ戻っていて、残っていたフィリアが不思議そうにこちらを見ていた。

「えぇっと……うん」
「でも、腕におっきな痣ができてるよ」
「……これくらい我慢する」

 フィリアの言うとおり、腕には拳くらいの青痣ができていた。キーブレードで戦っているのだからむしろよくこの程度で済んでいる……手加減されているからだとは考えたくないが。
 平気だと答えたがフィリアは表情を曇らせたまま。痛いのはフィリアじゃなくて自分なのに……そんな顔をされると、まるで悪いことをしてしまったかのような気持ちになる。
 ふと、フィリアが思いついたように顔を上げた。

「そうだ。ポーションの代わりに私がケアルしてあげる」
「えっ?」

 ポーションを飲みたくないので、とてもありがたい申し出だが……。

「いいのか?」
「うん。ヴェンが痛いとき、私がケアルしてあげるって約束したし」

 その言葉で、初めてケアルをかけてもらった日のことを思い出した。

「さすがに傷全部はだめだけど……大きなケガにちょこっとケアルをかけるだけなら、回復機能に支障はないはずだよ」
「そっか……それじゃあ、頼むよ」

 痣ができた腕を差し出すとフィリアの小さな手が触れてきた。その指には以前よりは減ったが、絆創膏がまだ張ってある。

――――癒しよ」

 ケアルのほんわりとした感覚に包まれて、腕の痣と痛みが薄れてゆく。

「ありがとう。もう痛くないや」
「問題ない程度でも、マスターたちに見つかったらきっと怒られちゃうと思うから……このことは私たちだけの秘密だよ?」

 フィリアが手を離しながら、こっそりと提案してくる。
 二人だけの秘密と約束。少しだけ気恥ずかしいが、嬉しくてすぐに頷いた。

- 251 -

*前次#


ページ:

トップページへ