それを理解したのは唐突のことで、戸惑う気持ちはもちろんあったがどんな説明よりも納得できた――――――自分もフィリアが好きだったのだ。
しかし、この煮えたぎるような気持ちはそれだけではない……もちろんヴェントゥスのことだ。
ヴェントゥスは自分という存在を欠落し、虚ろとなった。自分がいなければ存在の維持すらできない、ただの抜け殻なのだと思っていた。
それなのに、現在もヴェントゥスは存在している。それどころか、笑ったり、怒ったり──まるで、最初から自分がいなかったことが当たり前だったかのように普通にフィリアたちとの生活を送っている。
ならばヴェントゥスから抜き出た自分“ヴァニタス”という存在はヴェントゥスにとってどのような価値があったのか?心の闇、負の感情、そして? それから……。
それ以上はやはり考えたくない。認めたくなかった。自分があいつの だなんて。
思考を追い出したくて瞳を閉じて首を振る。だが一度浮かんだその考えはこびりついて離れない。
「苦しんでいるようだな」
ゼアノートの声がした。
ここは適当に選んだ知らない世界。いつの間に、どうしてここに? どうでもいい疑問を浮かべながら目を開いて睨みつけると、ゼアノートが笑っていた。
「お前の存在の意味が知りたいか?」
「…………俺は……」
自分の声は、情けなくもひどく掠れてしまっていた。
「おまえはあやつの心の闇──ヴェントゥスの心の一部だ。もし再びひとつになれば、おまえという自我は消えヴェントゥスの心に還ることになるだろう」
思わず拳を強く握った。噛み締めた歯がギチリと嫌な音がたてる。
消え失せる自我ならば、なぜ存在などしたのだろうか。初めからいなければこんな想いを知らずに済んだし、こんなに苦しまずにも済んだのに……。
ゼアノートの言葉が続く。
「しかし、それは私の仮説にすぎん。──真実とは、いわば結果だ。辿りつかねば得られぬもの。数ある可能性のたったひとつの結果でしかないのだ」
「……何が言いたいんだ?」
真意が分からずに訊ると、ゼアノートの口の両端がつりあがった。
「かつて、あの荒野で起きた戦争の話を覚えているか?」
「あ? ああ……」
ゼアノートの掌に文字が現れる。あれは──“χ”。
「古のキーブレード戦争。キングダムハーツを求め、χブレードを生み出すためにそれは起こった」
「キーブレード……?」
「キーではない。χだ」と答えながらゼアノートがχの文字を眺めた。
初めて聞く戦争の名前と剣の名前。そして、それらと自分がどう関係するというのか。胸がざわついてゆく。
「χブレードはキングダムハーツの存在と共にあるもの。世界を繋ぐ究極の鍵。かつてそれを求めた結果、世界は闇に覆われて数多の世界が闇へと消えた……ヴァニタスよ、ヴェントゥスと戦い全てを奪え。そして、お前がχブレードとなるのだ」
「なんだと──!?」
「伝説──キーブレード戦争を再び起こし、世界を闇に覆おうではないか」
「…………」
χブレードになり全ての世界を闇に沈める。それが自分の存在の理由──そしてヴェントゥスと戦い全てを奪えば、もうこんな思いに苛まれない……。
それは乾いた大地に水滴が吸い込まれてゆくように、実にすんなりと自分の中へ沁みこんでいった。
ヴァニタスは、鎖が絡まった装飾がされている己のキーブレードを握りしめる。
「あいつと闘えばいいんだな?」
「今はまだ時ではない。完全な光と完全な闇が等しい力で衝突しなければχブレードは生れない──ついて来い」
ゼアノートが闇の回廊を作り出し、その中へ入ってゆく。
それを見ながら少しだけヴェントゥスを感じてみた。何も知らずに楽しそうに笑っている。そうして笑っていられるのも今のうちだ。お前が大切にしているもの全てを、ひとつ残さず奪ってやる。
ヴァニタスは歪んだ笑みを仮面で隠し、ゼアノートの後を追って闇の回廊に入って行った。