道の傾斜が徐々に高くなってゆく、整備されていない自然の悪路。ヴェントゥスは歩幅を調節しつつ、背の高い草を踏んだり、キーブレードで払いながら進んでいた。
 ピーター・パンたちと別れた後、この世界に現れるアンヴァースたちと何度か戦うことになったのだが、強靭な肉体と魔法に高い抵抗をもつものばかりでフィリアは思うように戦えていないようだった。肩で息をし、歩調がどんどん遅くなっている。
 ティンカー・ベルが指す葉の重ね合わせを開き見ると、目の前に白い坂道と渓谷が現れた。アンヴァースの気配はない。ここなら安全だ。

「フィリア、こっち」

 呼ぶと、息を整えて小走りにやって来る。よく見ると、腕や足に細かな傷をたくさんこさえていた。あーあー、血が滲んでいるところまで。
 フィリアは渓谷を見て、意外そうに目を瞬かせた。集落が近いのだと思ったらしい。

「水場だ。少し休憩しよう」
「休憩? あ……私はまだ」
「ダメだよ」
「えっ」

 間髪いれず却下して、フィリアの手を引いて渓谷へ急いだ。
 魔法を扱う魔力の量は、当然その威力に比例する。魔法は──まぁ、覚えてしまえば技量次第でなんとかなるが、魔力の総量は日々の努力の積み重ねにのみ増えるもの。ある日突然、劇的に増えちゃった! なんてことはない。ずっと一緒に戦ってきた経験からのだいたいの見立てだが、今のフィリアに宿る魔力量は究極魔法を二、三発分……戦闘中では常に走り回り、攻撃魔法やリフレクを頻繁に使用するので、実際戦闘で究極魔法を使える機会は一回あればいい方だろう。ついでに、魔力は本人の健康状態と時間経過で回復するものだから、戦闘中のんびり待ってる余裕はなく、それならエーテルを飲んだほうが確実だ。
 フィリアは魔力がきれたら歩くことすらままならなくなる。こちらへはケアルガすら惜しまないのに己の傷を治癒していないのは、消耗を抑えているのだろう。無事に敵を倒しつつ、早く流れ星へたどり着くためは、尚更、いま休憩を入れるべきだ。

「今のフィリアに必要なのは、やせ我慢じゃなくって休憩だよ。それと治療」
「やせ我慢って……」
「はい、その岩に座って、傷を見せて」
「わっ」

 背の低い岩に、押すように座らせた。
 当惑させているものの、嫌がられてはいないはず。何年もの付き合いで今更だが、なんとなくこういう時のさじ加減がわかってきた。これくらいなら、やってしまえば従ってくれる。
 上から下までざっと怪我の具合を確認した。一番大きな怪我は膝だった。痛いところを残してはかわいそうなので、完璧に治せるケアルガでいいか。

「ヴェン、魔法なんて使わなくていいよ」
「いいから、じっとしてて」

 魔法を飛ばすより、直接触れたほうが早く、効果が強い気がする。また何か反対される前にさっさと治そうと手を伸ばすと、肩に伸びてきた両掌がそっと押し返してきた。

「待って。聞いて。ヴェンが気になるなら、私、自分で治すから」
「俺がするよ。フィリアは、こういうときくらい温存してて」
「でも……でも」
「でも、何?」

 じれったくて、だんだん苛立った口調になってしまう。
 フィリアがおずおず続きを言った。

「ヴェンだって疲れてるのに、悪いよ……」
「これくらい大したことないよ。それに、フィリアはいつも俺にしてくれてるだろ?」

 自分に負担をかけないよう努力してくれていることは理解しているつもりだし、そういうところがいじらしく思えて好ましいけど、この程度、素直に頼ってくれてもいいじゃないか。
 フィリアは難しそうな顔をして、なおも納得しない。

「……私と、ヴェンは違う」
「え?」
「ヴェンはキーブレード使いなんだから、余計な消耗は避けて。……私のことは、二の次でいいから」

 フィリアからキーブレードの話題に触れてくるなんて意外だった。普段から彼女がこれをどう思っているのかだいたいの察しはついていたので、自然と避けていた話題のひとつだ。
 それにしても、余計とか二の次とか──こちらを優先に考えてくれることのは嬉しいが、自身のことも大切にしてほしい。

「怪我とキーブレードは関係ないだろ。ほら、足を」
「……」

 むーっと黙られてしまった。そういう顔をしたいのは、むしろこっちの方なんですけど……。
 こちらがどれだけ大事に思ってるかを判断基準外にされているのだとわかり、はぁ、と息が零れる。

「前の世界で言ったこと、もう忘れちゃった?」

 フィリアが弾かれたようにこちらを見る。

「忘れるわけない!」
「じゃあ任せて」
「けどっ……、……、…………わかった」

 ようやく観念したフィリアの膝皿の上に手を置きケアルガを唱える。触れていただけだったフィリアの手に若干力がこもり、服を握ってきたのでやりにくいが…………

「…………」

 その顔を見て、思考が停止した。
 紅潮した頬に、恥ずかしげに強く瞑られた目。服に触れてる手も微かに震えていて、先ほどまで強情っぷりを発揮していたとは思えないほどの弱々しさ。
 ひとことでいうならば、なんだかとても艶っぽい。
 背筋から首筋まで一気にぞわぞわと鳥肌がたった。「この人のそんな顔をもっと知りたい」という気持ちと、「そんなことを考えちゃいけない」という声が頭に渦巻く。

「……ヴェン……?」

 葛藤している間にケアルガの光が消えて、フィリアが瞳をうっすら開いた。名を呼んでくる唇から、なかなか視線が剥がせない。

「ヴェントゥス?」
「──うわわっ!?」

 我に返り慌ててフィリアの膝から手を放すと、バランスが崩れ尻もちをついた。
 うわぁ、最低だ。しかもカッコ悪い……。
 片手で顔を覆い、これ以上、今はフィリアを見ないように目元を隠した。

「だ、だいじょうぶ?」
「平気。……行こう」

 土埃を払いながら立ち上がり、ティンカー・ベルが導く道へ早足で行く。後ろから追いかけてくるフィリアが礼を言ってきたが、無愛想に頷くことしかできなかった。

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