集落のある丘を目指し、フィリアたちは最後の細い坂道を登っていた。

「この辺りも、アンヴァース、いないみたいだね」
「……うん」
「良かったよね。こんな場所で戦ったら危ないし」
「……うん」
「…………」

 渓谷を抜けてから、なんだか会話が弾まない。先ほどのことで怒ってしまったのかと思いきや、ぼーっとした返事ばかり。いったい何を考えているのだろう。ヴェントゥスの思考を奪っているものに、勝手ながら嫉妬していた。恋心を自覚してから、気持ちはどんどん大胆に、欲張りになってゆくばかりだ。
 膝はまだ、彼の手の感触を覚えている。
 以前のような足首ならともかく、膝は……なんて、過剰な反応だったかもしれないと反省する。
 本当は今すぐにでもこの想いに気付き、知って欲しい。そして、同じ想いを抱いて欲しいと望んでいるくせに、拒まれてしまうことが怖くて伝えることすらままならない。
 ──怖がり。
 肩を落とすと同時に、アクアのことが脳裏に浮かんだ。彼女なら、こういう時どうするだろう?
 視界に金の光が射す。ティンカー・ベルが頭上に来ていた。声は聞こえないものの、腕を振り上げ「あともう少しで着くんだから、がんばって」とのこと。疲れているのではないかと、心配をかけてしまったらしい。

「ありがとう。がんばるよ」

 きらんきらんと光を散らし飛ぶ姿が、美しい。
 ティンカー・ベルは、まるで小さな流れ星みたいだ。流れ星──本当に間近で見られる日が来るなんて。
 足を早めて、内心緊張しながら再びヴェントゥスに話しかけた。

「ねぇ、ヴェン。覚えてる?」
「ん?」
「テラとアクアが初めて外の世界に旅立ったとき。ヴェンったら、お土産に『流れ星が欲しい』って言ったんだよ」
「ああ……アクアに『無理!』って言われたっけ」

 やっと話に乗ってくれたヴェントゥスが、薄く笑う。

「その夜、一緒に流れ星を捕まえようって約束したんだよな」

 驚いた。

「覚えてたんだ」

 思わず正直に言うと、ヴェントゥスが「心外だ」と言わんばかりに、顔だけでこちらを見た。

「忘れるわけないだろ」
「だってヴェン、ひとりで旅立っちゃったんだもの」
「……あの時は、すぐに戻るつもりだったんだ」

 バツの悪そうな表情に変わる。別にもう、あの時のことを責めるつもりはなかったのだけれど。
 思い返せば、あれが一番ヴェントゥスたちに近づけたと感じた約束だった。──だから、とても嬉しかったのだ。
 ティンカー・ベルが光の線を描きながらヴェントゥスより先に行く。

「流れ星って、ティンカー・ベルみたいにきらきら光っているのかな」
「たぶん。それに、すっごく大きいと思うんだ」

 ヴェントゥスの瞳が星のように輝きはじめた。彼のどんな表情も好きだけれど、やはり、この顔が一番好きだ。

「流れ星を見つけたら、約束、終わっちゃうね?」
「その次は波乗り! ディズニータウンにもまた行くし、ハークとザックスが英雄になった姿を見に行かなくちゃ。それに、テラやアクアにも流れ星を見せてあげたい!」

 旅の間にしてきた、いろいろな約束たち。だけどこの気持ちを受け入れてもらえなかったら、叶えられなくなってしまうのだろうか。

「そうだね。あと、マスターにも」
「ああ。みんな、きっと驚くぞ」

 心地よい残酷な距離に、やはり胸が苦しくなった。

 

 






 やっと着いた集落とは分厚い白布のテントがいくつもある場所で、人が住んでいる気配はあるが、なぜか人影は見当たらない。
 集落の中央近くに設置されたトーテムポールの先、ひとつのテントの足元に流れ星は落ちていた。
 薄青に透ける星型の石、中央に埋められた黄緑の輪──以前、彼が持ってたものと瓜二つ。

「あれは、『星のカケラ』?」
「どうしてここに……」

 ヴェントゥスと顔を見合わせている間に、ティンカー・ベルが喜々として飛んでいった。彼女が星のカケラを持ち上げようとした瞬間、その光がパッとぶれる。

「ふっふっふっふっふっ」

 低い笑い声。テントの裏から、髭面の中年男が右手にティンカー・ベルを握り締めて現れた。長い黒髪の上に大きな羽飾りの帽子をかぶり、赤く上等なコートからレイピアを吊している。
 彼は、自分なら左手があるはずの場所に取り付けたフックで星のカケラを拾い上げた。

「流れ星に、思わぬおまけがついてきたぞ!」
「やったでやんすな、船長」

 男の側に控える、水兵の格好をした眼鏡の老人もへらへら笑った。一方、逃れようと身を捩ったり、拳で男の手から逃れようともがくティンカー・ベル。どう贔屓目に見ても良い間柄ではなさそうだ。

「ティンカー・ベルを放せ!」
「ひどいことしないでください!」

 キーブレードを握ったヴェントゥスと共に彼を睨む。船長と呼ばれた男はこちらを見て、つまらなそうに鼻を鳴らした。

「ふん。ピーター・パンの仲間か。ピーター・パンに伝えておけ! ティンカー・ベルを返してほしければ、人魚の入り江まで来いとな」
「待て!」

 言い終わるが早いか、男たちは一目散へ海の方へ走ってゆく。追いかけようとした途端──なんという最悪のタイミング──アンヴァースたちが現れ、囲まれてしまった。マンドレイクにパイルフェイス、ワイルドブルーザーなどなど厄介な面子ばかり。
 咄嗟にヴェントゥスと背合わせになるように立ち、魔力を溜める。

「邪魔だ!」
「ヴェン。ティンカー・ベルが……!」

 アンヴァースたちの視線をうまく掻い潜ったらしく、男たちが渓谷へ続く坂を下ってゆく姿がチラリと見えた。このままでは見失ってしまう。

「フィリア、必殺・合体技だ!」
「えぇっ!?」

 駆け出そうとしたとき、突然の提案にすっ転びそうになってしまった。

「いきなり、そんなこと言われても!」

 飛んでくるリーフカッターを躱しながら、トリプルブリザガで反撃する。ヴェントゥスはワイルドブルーザーの固まりにサンダーブリッツで突っ込みながらしっかり言った。

「できるよ、俺たちなら!」

 あぁもう、嬉しいことを言ってくれる。そんなこと言われたら、応えるしかないではないか。
 ワイルドブルーザーが電撃にしばし目を回し、マンドレイクとパイルフェイスが仲良く氷漬けになってる間にヴェントゥスが転がりながら側に来た。新たに覚えた罠の魔法、デトネスクェアを周囲に並べながら向き合い、ヴェントゥスに魔力を同調しはじめる。これは、光の力だ。
 魔力が溜めている間に、デトネスクェアを踏んだアンヴァースたちが爆発した。こちらは魔法から守られるので影響は熱風がそよぐ程度だが、土煙などの二次的な影響はちゃんとくる。煙だらけの視界の中、魔物たちが迫ってくる気配を肌に感じた。
 究極魔法を唱えるにはあまりに詠唱時間が足りない──はずなのだが、ここで新たな発見・確信があった。

「いくよ!」
「うん!」

 二人で空を見上げ、自分は片手を、ヴェントゥスはキーブレードを掲げ、叫ぶ。

「──光よ!!」

 足元に輝く紋章が現れ、宙に浮かんだ光の玉が強く耀く。凝縮された魔力の光は周囲を白く無慈悲に焼き付くし、あれほどいたアンヴァースたちを、影ひとつ残さず消し去った。トリニティリミット──成功だ。

「やったぁ!」

 ヴェントゥスと掌を軽く叩き合わせた。

「まさか、こんなに上手くできるなんて」
「俺とフィリアなら当然だよ」

 豪語するヴェントゥスに笑い返す。相性が試される非常に難しいこの魔法を、彼と成功させられたのはとても嬉しい。

「さ、急いでティンカー・ベルを助け出さなくちゃ」
「ああ。行こう!」

 来た道を振り返り、渓谷へ急いだ。

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