ヴェントゥスたちは坂を滑るような勢いで、渓谷まで戻ってきた。人魚の入江に向かうにはこの渓谷を必ず通り抜けなければならないはずだが、あの男たちの姿はどこにもない。
「見失った──」
男たちが去ってから、それほど時間は経っていないはず。ゴテゴテな衣装や出っぱったお腹の割に、素早い足の持ち主たちだ。
ピーター・パンたちは宝探しに行ってしまった。合流するにはどこへ行けばいいだろう。思わず空を見上げると、重なった葉の隙間から零れ差す輝きに目が眩んだ。──あの夜、懐かしい故郷で見上げた星の光によく似ている。最後にみんなで見たあの日から、もうどれほど経ったろう。
「ヴェン。あれを見て」
呼ばれて、逸れていた思考を切った。フィリアが空のある一点を見つめ、指差している。鳥のように近づいてくる緑色の人──先ほどのアンヴァースたちと同じく、まるで狙ったようなタイミングだ。
「おーい!」
「ピーター・パン!」
ピーター・パンが着地する。その表情はかなり険しい。
「ティンカー・ベルがさらわれた」
「遅かったか! フックめ!」
「駆けつけてきてくれたの?」
「ああ。けど──ちくしょう、僕がもう少し早く着いていたら」
ピーター・パンは悔しがったが、これからフィリアと慣れない島で彼を探すはずだった手間と時間を考えれば、まだ最悪の状況ではない。
「人魚の入江に来いって言ってた」
「待ち伏せか。あいつの考えそうなことだ」
長い因縁を感じる台詞だ。さっそく空高く飛ぼうとしたピーター・パンに慌てて言った。
「俺たちも連れて行ってくれ!」
「急ぐぞ! ついてこられるか?」
「もちろん!」
フィリアの、不安の欠片さえない瞳がしっかり頷きかえすのを見ながら答える。
「行こう!」
初めに通った時の名残で草花は左右に首を倒し、目印も兼ねて気持ち通りやすくなっている。
あまりにも邪魔なものはキーブレードで切り裂いて、潮の香りのする方へ急いだ。
★ ★ ★
「どういうつもりだ!」
捕らえたはずのティンカー・ベルに鼻面を蹴られ、フックが顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。ティンカー・ベルの檻を勤めていたランタンを放りながら、テラは涼しげに言い返してやる。
「どういうつもりもない。俺の心に従ったまでだ」
「このー、ただではすまさんぞ!」
フックの右手がレイピアに伸びた。彼には騙されていた借りがある。戦うつもりなら応えてやると、こちらもキーブレードを呼び出した。
チック、タック……
にらみ合いを始めた途端、ドクロ岩に響き始めた無機質な音。気づいたフックの顔がなぜか真っ青になった。
「あ、あの音は……」
恐怖に剥き出された黒い瞳が音に合わせて弾み彷徨う。歯がカチカチ震え鳴り、油汗が頬を流れ――水場からこちらを見つめるワニと視線が合ったときには、貫禄ある闘志も気迫も消え失せていた。
「うひゃー!」
年甲斐もない声と両手をあげて、フックはドクロ岩から逃げていった。その後ろを、ワニがゆっくりと追ってゆく。
「やったー! フックを追っ払ったぞ!」
ひとりと一匹の背を半ば呆然と見送っていると、隠れているよう指示していた少年たちが岩陰から飛び出し、祝福のような光が降り始める。触れると消える雪のような光――顔を上げると、天井近くを舞い飛ぶティンカー・ベルの姿が見えた。
「これは」
光彩が増し、暗いドクロ岩の中が、金色の風呂敷に包まれたような佳景になる。
――まるであの日、山頂で見た星空のようだ。
懐かしさと嬉しさで自然と笑顔になる。彼女は知らないだろうが、今の自分にとって、なんと心憎い礼だろう。
「あーあ。お宝全部なくなっちゃった」
声の方へ視線を向けると、いつの間にか空っぽになっている箱の前で少年たちが落胆していた。先ほどドクロ岩いっぱいに現れたアンヴァースたちと戦った際に、どこかへいってしまったらしい。
ピーター・パンという少年は、これらをつまらなそうに見ていた。ならば、彼らも──。
「君たちは、本当に宝石や金貨が欲しかったのか?」
獣の耳がついた頭巾が横に揺れる。
「ううん、そんなのいらないよ」
「でも、ピーターにまかされたし──」
「だったら、君たちの大切なものを入れればいい。それが宝物になる」
少年たちが顔を上げた。心なしか、獣の耳まで立ち上がったように見える。
「そうか!」
「うん、そうするよ、ありがとう!」
二人は空箱を抱え、こちらに片手を振りながらドクロ岩から出て行った。いつの間にかティンカー・ベルもいない。ひとりになり、再びドクロ岩の中は水を打ったように静かになる。
大切なもの──守ってきたもの。脳裏に浮かぶ様々なものが、今はどれも遠くに感じられる。孤独や虚しさばかりが胸にあった。
「俺の宝物は何だったかな──」
言葉は、冷たい静寂に溶けていった。