突然パッと光に目がくらんだと思ったら、家具のない狭い四畳半程度の部屋の中だった。右を見れば、私と同じようにポカンと佇むヴァニタスがいる。ふたりでこの部屋の扉の前に立っていた。
 何が起きているのだろう。キョドキョドしている間にも目は情報を拾ってゆき、窓が一つもないことや、扉の上に【ふたりがキスをしなければ扉は開かれません】と看板が掲げられていることを知る。

「フン。意味がわからないが、こんなもの──」

 ヴァニタスがキーブレードを出して先を向けても鍵はあかず。斬りつけてみても傷ひとつつかず。魔法を打ち込んでもコゲひとつつかず。

「……闇の回廊が開かない」

 正面に手をかざしたまま固まるヴァニタスの呟きでいよいよ追い詰められた状況だと理解し、混乱と動悸が増してくる。わざわざこんな不思議な部屋を用意して、私とヴァニタスを閉じ込めるなんていったい誰の仕業なのだろう。
 ふとヴァニタスがくるっとこっちを向いたので、声もあげられず、ギクッと数歩後ずさった。まさかこんな妙な部屋の指示に従って、本当にキスするつもりなのだろうか。
 私だってここから出たい。けれど想い合っていない人とキスなんて……とか考えていると、ヴァニタスはこちらを見つめていたが、ややあってから壁際に腕を組んで寄りかかってしまった。いつもなら、からかいやイジワルのひとつでも言ってくるので、仮面の奥でどんな顔をしているかもわからないヴァニタスの静けさが気になりだす。

「一応聞くけど……キス、しないよね?」
「してほしいのか?」

 ぶんぶん首を横に振ると、ハンと笑い飛ばされた。

「どうせ、すぐにあいつらがおまえを捜しにくるだろ」

 確かに、みんなならきっと、すぐに私がいないことに気づいて捜してくれるはずだ。
 ヴァニタスとは向かい側の壁に背をあずけ座り、つながりのお守りを眺めながら救助を待つことにした。



 退屈は人を殺す毒である。
 会話もなく、やることもない時間とはなんて長いものだろう。緊張する人と気まずい状況で密室の中に閉じ込められているなら、なおさら。
 それに、こちらからヴァニタスの顔は見えないが、仮面の奥から強烈な視線を感じるのである。精神的にそろそろ限界だった。

「ねぇ、ヴァニタス。私になにか言いたいことでもあるの?」

 ついに訊ねると、ヴァニタスはすぐに答えなかった。たっぷり間をあけてから「特にない」とぶっきらぼうに返事をする。
 ここで「そっか〜」なんて答えたら、また沈黙地獄に戻るのは想像に難くない。会話を広げたい気持ちになって、必死に話題を考えた。

「ここ、変な部屋だよね。キーブレードも闇の回廊も使えないのに、ホントにキスなんかで開くのかな……」

 乾いた笑いを混ぜながら言えば、ヴァニタスは会話すらおっくうそうな態度で「さぁな」とため息を吐いた。

「どうせしないんだから、どうだっていいだろ」
「そ、そうだね……」

 苦労むなしく、会話終了。
 決して、必要だからキスするぞなんて迫られたいわけじゃないが、おまえとそんなことする気なんてこれっぽっちもありませんと言われると、なんだか女性として否定されたようにも感じ、悔しいような悲しいような複雑な気持ちになる。
 長い長いため息を吐きながらうつむくと、ヴァニタスから物音がした。こちらに近づく足音も続く。

「相変わらず勝手なやつだな」

 見上げると、仮面をとったヴァニタスがすぐ近くにまで来ていた。
 ソラから能天気を削いだ顔つき。色は違うがヴェントゥスに似てる強い瞳。普段仮面で隠されていることもあり滅多にみられない彼の貴重な素顔──自分好みドストライクなかっこよさに、つい見惚れてしまう。
 ヴァニタスの呆れ顔が嘲笑に変わる。

「俺とキスしたくないくせに、しないって言われると落ち込むのか」
「別に落ち込んでなんか」

 ヴァニタスが目線を合わせてきたのに驚き、言葉が消える。まさかという可能性にひやっとする。
 ヴァニタスが、らしくなくそっと手を伸ばしてくるものだから、優しく頬に触れられたときは自分でも想像以上に体が震えた。ゆっくりヴァニタスの顔が近づいてくる。先ほどまであれほどそっけなかったくせに、この流れはどう考えても──いったいどうして。

「ちょっと待って。しないんじゃ」
「イヤなら抵抗でもするんだな」

 鼻先が触れそうな距離になり、更に縮まろうとしている。
 イヤなら? イヤかな? 死ぬほどイヤってワケじゃ、でも恋人でもないし、そもそもヴァニタスは平気なの?
 自分の感情分析が終わらないうちに時間ぎれになる。いままで他人とこれほど顔を近づけたことはない。うわぁ、キスされてしまう。「もうだめだ。思考放棄。総員衝撃にそなえろー!」なんて、思わずぎゅっと目と口を閉じて身構えてしまった。
 しかし、数秒待っても衝撃がこない。

「くっ……」

 代わりに届いたのは笑いをこらえる声。目を開けば、ヴァニタスは肩を震わせるほど笑っていた。からかわれたと気づくのに五秒は要し、理解した瞬間一気に顔が熱くなる。

「からかったの!」
「なんだ、してほしかったのか?」

 笑ったまま、パッと手を放し身を引くヴァニタス。

「それとも、こんな状況なら誰とでもするのか」
「他の人相手に、あんな風になるわけないでしょ!」

 ばかにするなー!
 プンスコ怒っていると、ヴァニタスは虚をつかれた顔をしたあと、「ヘェ?」と口端をあげて笑った。その変化で、自分の言葉の意味に気づく。

「あっ、今のは売り言葉に買い言葉で」

 次の瞬間、腰を抱きよせられて顎を持ち上げられたと思った時には唇が重なっていた。
 吹き飛ばす勢いで、扉が大きな音を立てて開く。

「フィリア! だいじょうぶだった……」

 ヴェントゥスの声が聞こえたとき、唇がリップ音をたてて離れる。
 ヴァニタスとキスしちゃった。
 頭の中が真っ白で、硬直したままヴァニタスの顔を見つめていた。ヴァニタスの瞳が扉に向かい、ふっと笑む。

「本当に、キスすれば開いたな」

 まるで実験の結果のように言い捨てて、ヴァニタスは「じゃあな」と普通にヴェントゥスを横切り部屋から出て行った。
 呆然と見送った後、慌てて駆けつけてきたヴェントゥスが心配してくれたけど、頭の中はヴァニタスへの複雑な感情でいっぱいだ。

「いったい、なんなの……」

 もう、もう、もう〜〜! ヴァニタスのばかぁーっ!
 私の行き場のない叫び声がむなしく響く。

「フィリア、ごめん。俺がもう少し早くついていれば」
「ううん……来てくれてありがとう、ヴェ、ん」

 半泣きでヴェントゥスに礼を言うため笑おうとして、またチュッと唇に感触が届く。
 ヴェントゥスにキスされたと理解するより先に、ヴェントゥスが扉に向かって駆けて行く。

「待ってて。俺、ヴァニタスをやっつけてくるから!」
「えっ、や、な……? ちょっ、待ってヴェン!」

 赤面する余裕もない。静止を聞かず、ヴェントゥスが部屋から出てヴァニタスを追ってしまう。

「これ以上、話をややこしくしないでぇ!」

 私の叫び声は、やはりむなしく響くのみなのであった。
 

R3.8.15

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