序章[9]


「……まさかこんな形で村を出ることになるとはね……」

呟きながら、僕は自宅の戸締りを確認し村の入口に向かった。
儀式が終わったら村を出ようと決めて支度を始めていたので、案外すぐに出立の準備は終わる。……そう、僕はずっと村から出たかった。そして、その願いは思わぬ形で叶いそうになっている。でも、まったく嬉しくない。嬉しくないどころか泣きたい。それは成人の儀式が終わっていない不安や女神を復活させてしまったかもしれない責任からではなく――

「おっ、ラシアお前準備早いな!でも荷物多くね?」
「……お前は準備する気あるの?」

――僕が村を出たかった一番の理由と一緒に旅立たなければならない事実だった。

正直本当にやめたい。出かける前から帰りたい。でもそういうわけにも行かないのは、僕自身が一番承知していた。準備する気ない奴――遠足にでも行くような軽装のボドゴリッツァ・リータをもう一度見る。本当に、ため息しか出ない。

「あのな、もしかしたら自分のせいかもって思ったり――」
「ないな!」
「即答するなよ!」

聖堂の事件に関しても未解決だし、前途多難だ(実は僕はまだ二割くらい奴を信じ切れていない)。
けれど、一つだけ救いがある。――それは、この旅の同行者がこいつだけではないということだ。それだけでもものすごく助かる。あと二、三年くらいならあの村長でも許せる。ありがとう村長。

「んで、もう一人の一緒に行く奴ってのは誰なんだ?」

舞い上がっていたところに筋肉にそう問いかけられて、僕は言葉に詰まった。
「……いや、それがさ」

というのも、僕もその同行者が誰か知らないのだ。

「村長、肝心なところを言わないものだから……正直、僕も分からない」
「ああ……あのジジイなら有り得るな……」

一体誰と行くのかもわからないままで出発するわけにも行かない。入口でこのまま立ち往生するのもどうなのか、と思っていると村長が走ってきた。手には何か袋のようなものを握っている。

「ふむ、二人とも準備はできたか」
「ええ、まあ」
「それで誰なんだよ、村長。俺たちと一緒に行くのは。言っとくがひょろいやつじゃ俺たちのハードで崇高な使命にはついてこれないぜ?」
「お前はなんでそんなに偉そうなんだ」

村長を前にするや否や、筋肉がそんなことを言い始める。同行者が相当気になるらしい。
だいたいハードで崇高な使命ってなんだよ。何をやる気だ。僕はできることならついていきたくない。

「まあそう急くな。彼女なら途中で足を引っ張るようなことにはなるまい」
「……彼女?」

村長の言葉にふと引っかかる。同行者って、女の子なのか?

「おいおい、女ってどういうことだよ」
「舐めてはいかんぞ、ボドゴリッツァ。むしろ絶対に無礼を働くな。下手するとお前が先に脱落する」
「……え?」

村長の顔が心なしか青い。一体誰をつける気なんだこの人は。そう考えていると村長は、その同行者を呼ぶでもなく、僕に持っていた黒革の袋を押し付けた。

「これだ。くれぐれも、彼女の足を引っ張らないようにな」
「へっ?」

村長と袋を二度見比べる。僕の解釈が正しいなら同行者とはこの袋のことだ。――は?

「いやいやいや!袋が同行者ってどういうことですか村長!」
「落ち着け、誰もその袋とは言っていないだろう」
「どう考えてもそう解釈しますよ!?」

じゃあ一体何だというんだ。僕は村長をじっと見つめる。村長は小さくため息を一つ零して、もう一度僕の手から袋を取り上げると中から片手に収まるぐらいの宝玉を取り出した。

「これだ」

 村長の出した宝玉に、思わず見入る。赤い、赤い宝珠だった。燃える様に真っ赤な――いや、むしろ燃え盛る炎をそのまま閉じ込めたような、そんな色。見ただけで、明らかにただの装飾品の類ではないということがわかる。

「この中には、うちの村で遠い昔に眠りに就いた炎の精霊が入っている」
「……精霊?」
「精霊って、あの精霊だよな?村長が連れていた」

 宝玉を改めて受け取り、眺めてみるが別に人影が見えるとかそういうことはない。ただただ静かに、激しい炎が内で燃えているように見えるだけだ。

「村長は精霊と僕たちを一緒に旅させるということですか」
「ま、まあ、そうだな。お前たちにはこれから様々な精霊に会ってもらわなければならない。そのための最初の橋渡し役としてな」

なんだか妙に村長の挙動が落ち着かないのが気になるところだけれど、そういうことらしい。

 ――僕たちが村長に言い渡された「仕事」とは、女神の封印をかけ直すためにそれを可能とする力を持つ精霊たちを集め、この国の中心にある神殿へと行くことだった。封印が欠けた恐れがある以上、そういうことに関しては神事に最も詳しいとされる中央の神殿に行くべきなのだと聞いた。

「では、喚ぶぞ。覚悟はいいか」
「はあ」
「血赤の炎を纏いし古の精霊よ、その姿を現せ――」

村長の呪文が終わるか終わらないか、その瞬間、僕の手の中の宝玉は突然焼石のような熱を放った。
熱ッ、と思わず叫んで、手が宝玉から離れる。慌てて取り直そうとするけれど、宝玉は僕の手をすり抜けて、大地へと叩きつけられる。
――その時だった。「彼女」が現れたのは。

「――っ痛ったぁ!痛いじゃないこの馬鹿!」
「あっ、ごめんなさ……えっ!?」
「もっと丁寧に扱いなさいよ!……っていうか、誰よ、人の安眠妨害してくれやがった阿呆は!」

地面に落ちた宝玉から噴き出した炎。僕の背丈の倍はあるかというぐらいに噴き上がったそれの中から、不意に真っ赤な髪の少女が現れた。そして罵倒された。……いや、まったく意味が解らない!

「君は……本当に精霊なの?」
「はあ?何当たり前のことを聞いているの?そりゃあそうよ、私は炎の精霊、名前はマリッサ」

おそるおそる口にした問いは確かに当たり前だった。別に本気で偽物と思っているわけじゃないけれど、さっきのあれは信じがたい光景だった。炎の中から人が現れるとか、まず聞いたことがないし。
彼女――今しがたマリッサ、と名乗った少女が呆れ顔でこちらを見てくる。次いで、一瞬にして彼女の顔は再び怒りの形相になった。

「ねえ、それよりあんたが私を起こしたうえ落としたの?ことの次第によってはこのまま燃やすわよ」
「えっ!?」

燃やされるの!?僕!?
確かに落としたのは事実だ。本当に申し訳ない。でも起こしたのは僕じゃない。今回ばかりは筋肉でもない――村長だ。
その村長は今どこにいる?辺りを見回した僕は、さっきまで近くに居たはずの村長がものすごい勢いで走り出すのを見た。

「そんなわけだから、後は任せたぞ、お前たち!」
「ちょっ……」

逃げやがった。そしてみるみるうちに遠ざかっていく。村長の俊足をこんなところで実感したくはなかった。……つまり、そういうことか、と僕は納得する。
精霊を呼び出したあとの、「これ」を恐れていたわけだ。村長は。

「……で?何か言うことはあるの?」

怒りを多分に含んだ声に振り向くと、すぐそこにマリッサの顔があった。思わずうわ、と声を上げたくなるけれどたぶんそんなことをしたら僕は即消し炭だろう。それはなんとなくわかる。
でも僕らにも一応言い分はあるのだ。

「あの、これには理由があ――」
「言い訳は聞きたくないわ。燃える?」

言わせてもらえなかった。
ダメだこの子、人の話を聞かないタイプだ!そうに違いない!そして現状、僕には燃える以外の選択肢が与えられていない!

……さて、こういう時はどうすればいい?
僕は考えた。そして考えに考えて、一つのひどく単純で、こういう話の通じなさそうな相手にとりあえず有効な手段が一つある。
僕は自分には関係ないと言いたげに鼻をほじっている筋肉を呼ぶと、間髪入れずに奴ごと勢いよく頭を下げた。


「――本当に、すみませんでしたッ!」


――つまり、全力の謝罪だ。


そんなわけで、僕たちの冒険はろくな始まり方をしなかった。
でも確かにそれは世界を解放する、大きな分岐点のはじまりだったんだ。


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