一章[03]


「鍵の――精霊?」

 マリッサの言葉を、そのまま聞き返す。

 「そう。要は、突出した能力を持つ精霊よ。得意な能力にもその程度にも個人差があるのは人間も同じでしょう?」
 「ああ……確かに」
 「精霊は大体生まれた土地に縛られるから――弱いやつなんか、特にそうね。だから、似たような性質のやつらで群れて暮らしてるのよ。それで、そんな群れの中で一番強い力を持ったやつが長になって皆を守る。当然のことね。そいつらのことを私たちは“鍵の精霊”って呼ぶのよ。誰がそう呼び始めたのかとかそういうことはわからないけれど、確かにそいつらは文字通り一族の鍵になる存在だわ」
 「つまり、その精霊たちに協力してもらうことが一番手っ取り早いってこと?」
 「まあ、そうなるわね」
 
 マリッサがうなずく。確かに大人数での移動は大変だし、訪ねる先も少ないならそれに越したことは無い。女神様の封印が完全に解けたわけではない、とはいうけれど世界の終わりに限りなく近いことはおそらく事実なんだ。
 ……ただ、そうなると一つ気になることがあった。

 「マリッサ。さっき“鍵の精霊”は精霊たちの集団の長をしているって言っていたよね」
 「ええ」
 「もし、僕たちが“鍵の精霊”たちに協力を願った場合――彼らが留守の間、他の精霊たちは大丈夫なの?」

 マリッサの言う通りなら突出した力を持つ精霊たち以外は生まれた土地から離れられないという。中には弱い精霊も居ると。それは僕たち人間だって同じようなものだけれど――長が居なくなるということは、つまり僕たちの村で言えば村長が消えるようなもの、いや、力の弱い精霊たちにとっては保護者が消えるようなものなのではないのか。

 「……まあ、それよね」

 マリッサの声のトーンが落ちる。

 「確かに女神の封印の補修は最優先事項だわ。けれど、世界がもう大丈夫だってわかった後の生活だってある。……各々、補佐をする精霊はいるだろうけれど……」
 「交渉、難しいかな」

 口に手をやって、彼女は考え込んでいる。その表情は、真剣そのものだ。
 僕も思わず俯きかけた――が、そこでボドゴリッツァがなんでもないようにこの空気をぶち壊した。

 「行ってみないとわかんないだろ、そんなん」
 「いや、そんな行き当たりばったりな……」
 「だって深く考えたって大したことなかったりするぜ?つーか俺は今までそれで大丈夫だった」

 なぜかそこで胸を張る筋肉野郎。――いや、確かに実際こいつは今まですべての人生を行き当たりばったりで生きてきているような気がする。気がするじゃなく、もしかしなくともそうだ。

 「……まあ、確かに行く前からちょっと深く考えすぎたわね」

 マリッサが同意する。それは僕も反省だ。

 「お前、たまにはいいこと言うな」
 「お?」

 なんとなく、今だけはこの空気の読めなさに救われた気がする。今だけは。偶然だ。
 ―――と、こんな感じで褒めるとすぐに調子に乗るのがこの男である。案の定、思いっきり顔が崩れている。あまり直視したくはない。

 「お?お?やっとラシアも俺の言葉の深みが分かったか。まあそんな強運な俺様がついてるから大船に乗った気持ちで――」
 「いやそれについては不安しかない」
 「えっひどくない?」
 
その大船絶対どっかに穴空いてるから。間違いないから。
とりあえず調子に乗った奴に釘を刺して萎ませたところで、改めて道の先を見る。そろそろ、町の明かりが見えてくるころだ。

「もうしばらく歩いたら町につくよ。まずはそこからだ」
 「――ええ。とりあえず基本方針は、精霊の集落を当たる。それなら行き先を決めるのも簡単でしょう?」
 「うん、そうだね」

 マリッサの問いに、うなずく。精霊が住むのは何も人里離れた秘境ばかりではない。僕も駅に貼ってある表で何度か見たことがあるが、それらのうちのいくつかにはしっかり線路が通っている。

 「まずは近いところから当たってみよう。列車に乗ったら、しばらくは休めるし」

 町が近づいてくる。――ようやく、希望が見えたような気がした。


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