一章[04]


 鉄道というものは少し大きな町であれば別に珍しいものではないと言う。線路はほぼ国中に張り巡らされているし、列車本体も十分な台数造られている。ただ一つ問題を挙げるとするならその線路の場所を選ぶというところだ。
 列車が脱線しないように、一定の速度で進めるように、そんな線路を造るためには平らか緩やかな傾斜の土地、かつ岩が少なく線路の板を打ち付ける杭がしっかりと刺さる地質でなければならない。そういう土地でないところ――例えばうちの村の周りの林の中とか――には線路を通すことはできない。
 そういうわけで、ふつう駅のある場所は立地のいいところか工事技術の発達した地域、あるいはそういった技術を取り入れる財力のある土地になる。――そして、もう一つ。

 「……大地の精霊の集落か……」

 駅表を見ながら呟くと、少し離れたところに居たマリッサがこちらを向く。彼女の右手には町についたときに買ってあげたミートパイの包みがある。それをひとくち頬張って咀嚼しながら、彼女もまた壁の表を見上げた。

 「その、真ん中の森?」
 「うん。多分ここが一番近い精霊の集落なんだけど」

 見ていたのはロールドフック、という駅の直ぐ近くにある巨大な森だ。駅や町に覆いかぶさるように広がっている。大きさはそれこそ町一つがすっぽり収まるぐらいだ。
 ここまで大きな森はさすがに想像がつかないな、と思っているとマリッサは平然と「そういうことね」と息を吐いた。

 「大地の精霊の土地だから木々が多いのね。この規模なら相当な力を持ってる精霊が居るんじゃないかしら」
 「そういうものなの?」
 「なんとなく、勘よ。ただ、森から一定の距離に人間の住処がないっていうことは人間を一定以上に寄せ付けていないってことでしょう。……ってことは、近寄ってきた人間を追っ払うことができる力か、あるいは人間との間に何かしらの協定みたいなものがあるんじゃないかしら。どちらにせよ、それは柔な精霊じゃないってことよ」
 「……なるほどね」

 人間を追い払うことのできる力か、そうではないとしても人間が警戒しなければならない何かを持っているか。確かにそうならここまで大きな集落を持っているのもうなずける。きっとこの森の中には多くの精霊たちが棲んでいるに違いない――人間の町に出てくるなどで僕たちが知っている精霊は全体のほんのわずかにしかすぎないのだから。
 しかしそれにしても、大きな力を持っているのは僕たちの目的に対しては大変ありがたいのだけれど、交渉できるかというと不安になってくる事実だ。

 「ちなみに、他の集落とかは……」

 なんとなく、逃げに走る。別にここに行かなくても他にもいろいろ集落はあるはずだ。最初くらいもうちょっと難易度が低いところでもいいんじゃないだろうか、なんて。
 そういう狡い考えを見通したのか、マリッサが眉を寄せる。

 「どうして?別にいいじゃない、近いところからの方が。強そうだし手っ取り早くて」
 「いや……」

 マリッサは平気そうだ。同じ精霊だからだろうか。……それともただ単に、何も考えていないのか。

 「でも別に、貴方が行きたいところから行けばいいと思うわよ」
 「え?」
 「別に順番なんて関係ないもの。行き先だって関係ないわ。最終的に、すべての属性を司る精霊がバランスよく集まればいいと私は思っているから」

 だから任せるわ、と彼女は言う。
 任せる、と言われると急に不安になるのが人間というもので、僕はさっきまで大地の集落に行きたくないと思っていたにも関わらず「いや、別に近い方から行ってもいいし……」などともごもご口走っていた。
 なかなか決められない僕に対して業を煮やすこともなく、マリッサは待ってくれている。出会ったときのあの感じからするに、気が短かったりするのではないかと思っていたけれど彼女は穏やかだ。あの時が冷静じゃなかっただけか、筋肉を殴って落ち着いたか……まさか、手に持っているミートパイのおかげということはあるまい。

 「ロールドフック以外だと――」

 僕が別の案を出そうとした、その時。ちょうど横の切符売り場から、紺色の帽子をかぶった駅員さんが顔を出した。

 「お兄さんたち、その森が気になるのかい」
 「あ、……そうですね、まあ」

 駅員さんは切符売り場のカウンターから身を乗り出して話し出した。

 「別に怖いところじゃあないよ。いやに大きいし、精霊も姿をあまり見せなくて気味は悪いけどね。でも、なかなかに気前のいい奴ららしい」
 「……気前の、いい?」

 何か、ひっかかった。怖いところじゃない、というのには少し安心したけれど――気前がいいとは、どういうことなのだろうか。

 「立ち入った人間に宝石をね、くれるらしいんだ」
 「宝石を……?」
 「ただし一人一個。受け取ったら帰らないといけなくて、必要以上に森に近づいてはならないらしいんだけどさ、こんな大粒の綺麗な水晶やなにやらをくれるんだ。それでロールドフックとこの森は共存してるのさ。僕は行ったことがないけれどね」
 「……共存?」

 駅員さんは朗らかに笑う。……が、隣のマリッサはまったく笑っていなかった――というか、氷点下だった。炎の精霊なのに。
 まあ、さすがにこれには僕も違和感を覚える。

 「それは、共存じゃないわ」
 「……マリッサ」

 いや、氷点下ではない。これは、静かに燃える炎だ。
 マリッサは未だそれに気が付かず笑っている駅員さんにびしりと人差し指を突き付けて、とんでもない要求をした。

 「そこの人、今すぐ列車を出して頂戴」

 は!?と、彼は素っ頓狂な声を上げた。当然だろう。というか駅員さんに列車を動かす権限はない――とは今の彼女に行っても無駄か。
 

 「今からかい!?ロールドフック行きの列車にはまだ時間が――」
 「ならできる限り早くしなさい。それから切符。ラシア、財布」
 「え!?僕!?」
 「当然でしょう。私は路銀なんてもってないわよ」

 冷静に駅員に同情していたらこっちに矛先が向いた。顔こそにこやかだが目がまったく笑っていないマリッサに、これは逆らったら燃やされると確信する。
 食べ終わったらしいミートパイの包みが彼女の手によってグシャリ、と音を立てた。作った握りこぶしを顔の高さに掲げながら、彼女はかなり物騒な宣言をした。

 「悪いわね、ラシア。ちょっと大地の精霊、ぶん殴ってくる」
 「交渉に行くんだよね!?」

 どうしようこの精霊、交渉に行く気が微塵も感じられない。殴り合いがコミュニケーションなんてそんなはずはない。ただでさえ交渉できるか不安だったのに、こっちが喧嘩腰とか、もうそれは――絶望的、というやつだ。

 ……お願いだから穏便に交渉してくれ、と祈る僕をあざ笑うように、スムーズに切符の購入は進みホームから汽笛の音が聞こえてきた。


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