一章[05]


 ロールドフックの駅に着いてすぐ、その森は姿を現した――というか、駅がせり出すように森の傍に建っていた。列車の中で少し眠る時間があったのは幸いだった。想像以上に、大きな森らしい。

 「いい、貴方たち。大体こういう集落には必ず訪問者を確かめる門番が居るわ。まずは私が話してみるから、貴方たちは私から離れないこと。余計な行動もしないようにね」

 森に向かう前に、とマリッサが人差し指を立てる。その顔は真剣そのものだ。

 「……門番ってそんなに怖いの?」
 「さあね。別に強いかどうかは知らないけれど、変にもめ事を起こして門番を倒さないといけなくなることだけは避けたいでしょう?」
 「それは、確かに」

 マリッサはともかく僕たちは人間だ。その上僕は人間の中でも特に戦いに向かないというか……運動が苦手というか……うん、もう何も言うまい。苦しくても耐えきる精神力はあるかもしれないけれど根本的にそもそもの体力がないのならそれはもうどうしようもない話だ。極力戦いとか、荒っぽいことは避けていきたい。

 「身構えすぎじゃねーのか?」
 「あら、貴方が一番心配なのだけど」

 ……と、ここで今まで大人しくしていた筋肉が頭をぽりぽり掻きながらそんなことを言い出す。そしてマリッサが間髪入れず切り捨てる。完全にマリッサはこいつの性格を把握したらしい。

 「それにもし襲ってきても俺様が倒すからどうってことないってもんよ!」
 「お前はつい数時間前の超一方的な対マリッサ戦忘れたのか?」
 「……どうってことないって……もんよ」
 「急に自信なくなったな」

 目が完全に泳いでいる。背筋も曲がり気味だ。
 ――実際、奴の生命力がいかに高かろうとそれは所詮人間の範囲内だろう。やっぱり事は荒立てないのが一番だ。もし事を荒立てた上で生きていたら今度こそ僕はこいつが本当に人間かどうか疑う。

 「さ、それじゃ行きましょう」

 にこやかな笑顔のマリッサが先導する。彼女がさわやかに笑んでいるときはこれまでずっとロクなことがなかったのだけれど――今回は、さすがに大丈夫だよな。うん。

 「森の入口ってどの辺りなんだろう?わかる、マリッサ」
 「あの向こうに何人か精霊が見えるわ。そのあたりじゃないかしら」
 「……えっ?何処?」

 マリッサが目を眇めて指さしたその先には、特に何もない。……もしや。

 「……マリッサ、もしかして精霊ってめちゃくちゃ目が良かったりする?」
 「そうかしら?私はそんなに良くないわよ。あの辺りの赤い枝の大木くらいまでしか見えないわ」
 「その枝がまったくわからないんですけど!?」

 間違いない。彼女は僕たちよりもはるかに高い視力を持っている。……となると、やっぱり素直についていくのが得策だろう。

 「……って、あれ?筋……ボドゴリッツァは?」
 「ん?あれ、いなくなってるわね」

 嘘だろ、この短時間で。
 振り向くとさっきまでいたはずの奴が居ない。どうしよう、ものすごく嫌な予感がする。

 「ああ、居たわ」
 「なんとなく聞きたくないんだけど、聞くよ。何処に居たって?」

 思わずこめかみを押さえながら問いかける。答えは半分予想できていたけれど、あまり認めたくはない。できれば外れて欲しい。切実に。だってさっき、荒っぽいことはしない、変な行動はしない、マリッサから離れないと言ったじゃないか。あいつは鳥頭か。それとも脳みそまで筋肉に侵食されきったのか。

 「精霊たちに直撃しに行ってるわね。なんかすごいジェスチャーしてるわ」
 「……」

 馬鹿か。あいつはやっぱり馬鹿なのか。まずジェスチャーってなんだよ。隣の国の精霊ならどうか知らないけれど同じ王国内の精霊なんだから当然同じ言語だよ。

 「すごいわね、何言ってるかは聞こえないけれどなんとなくわかるわ。すごくイラッと来るわね」
 「……出会って一日の君にまでそれを言われてるあいつっていったい何なんだよ……」

 筋肉アイツのうざさは種族を超えるってか。

 「あら、なんか揉め始めたわね……っていうか、あいつが地団駄踏んでるわね」
 「確実に向こうに迷惑かけてるやつじゃないかそれ……」

 本当に申し訳ない、大地の精霊たち。土下座して謝りたいところだがここは事を荒立てないの方針を貫かなくてはならない。というわけで、だ。

 「ラシア。他人のふりして通りましょうか」
 「それしかないね」


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あと1センチ