一章[06]
直ぐに行くとひとくくりにされるかもしれないのでゆっくりと歩きながら入口へと向かう。もう少し勢いよく突っ込んでいくかと思われたマリッサはここに来てもなんだか穏やかだった。……それが今は置き火になっているだけとはうすうすわかってきたけれど。
「それにしても、木ばっかりでつまらない景色ね」
マリッサがふとそんなことを言い出す。いや、森なんだから木ばっかりなのは当たり前じゃないかな。
「私が昔住んでいたところにはなかったわ。……というか、木が密集しすぎだと思うの。これじゃあまるで壁じゃない」
そう言われてみれば、一般に森と言われるよりもさらにこの森は木々が多いような気もした。マリッサの言う通り、これは木の壁に近い。隔てた向こう側の様子は葉に阻まれて十分に見ることはできなかった。
「確かにね。……もしかしたら実際壁なのかもしれないよ」
「えっ?」
「ここに住んでいるのは大地の精霊たちなんでしょ、マリッサ。ならこうやって自分たちの土地を防衛しているのかも」
不自然な天候の変化や地形の変化。そしてそれに合理的な理由が思いつくとき、それはたいてい精霊がらみだと僕は良く知っている。代表的な例が、収穫祭の謎の晴天だ。
「……ふうん、なるほどね。こうやって壁を立てて、中で隠れてるってわけ」
「……マリッサ?」
「臆病者のやりそうなことだわ。そんなことだから人間に舐められるのよ。精霊ならもっと堂々としているべきよ」
「あのー、マリッサさん……?」
雲行きが怪しくなってきた。思わぬところで僕は炭火に燃料を投下してしまったらしい――というか、なんでここに突っかかるって言うんだ彼女は。
握りこぶしを作りながら、しかし彼女はそれをゆっくり下ろした。……どうやら、一応落ち着いてはいるらしい。交渉担当の彼女が交渉を放棄するようなことになってはどうしようかと思っていたので、これには安心した。
「あ、ほら、マリッサ。入口が見えてきたよ」
「あら、やっと見えたの」
話をそらそうとようやく見えてきた木々の切れ目を指さすと、マリッサに不思議そうな顔をされた。そういえば、僕には今やっと見えた景色でも彼女には最初から見えていたんだった。
「相変わらず何か騒いでいるけれど。さっと通ってしまいましょう」
「そ、そうだね……」
確かに筋肉と精霊たちが揉めている間なら通りやすい。そういう意味では奴も役に立ったのか――そう、思った時だ。
「え、これくれんのか!?」
幼馴染の大声が隣の少女のこめかみにぴしりと青筋を立たせるのを僕は聞いた。
「何なに、すげえでかい宝石じゃん。いいの?まじで?」
心なしかマリッサの赤毛が逆立っている気がする。それはもう、まるで炎のように。
「あ、でもこれ受け取ったら帰れ?でも俺、中に入れって言われてた気がするんだよなー。んー、どうしようかなあ」
首を傾げうんうん唸る男の姿がようやく視界に入る。どうやら葛藤しているらしい。奴も一応目的は覚えていたのか。
そう、僕たちの仕事は中に入れてもらって大地の精霊の長と話をさせてもらうことであって、断じて宝石に目をくらませて追い返されることではない。というか悔しいがこいつは一応金持ちなのだから、宝石くらい見たことあるだろう。
そうだ断れ、と心の中で念じた瞬間、奴は思い切り火薬を投下した。
「うん、貰っとくわ!ありがとな!」
馬鹿だった。
あいつが馬鹿だった以上に、一瞬期待した僕も馬鹿だった。
隣の温度がすごい勢いで上昇していくのを感じる。もうほとんど、燃え盛るたき火の横に居るも同然だった。――いや、導火線が残りわずかの爆弾というべきだったか。
「ラシア、悪いわね。行ってくるわ」
「ちょっ、マリッサ――」
下ろしたはずの握りこぶしで、彼女はそのまま自分の横の大木の壁を殴りつけた。――と同時に、大木に大きな穴が開く。ふちは当然、焼け焦げた匂いを放っている。
マリッサは怒りを顔に思い切り表したまま、2、3歩足踏みをしてその場から消えた。消えたというか、ものすごい勢いで森の中に侵入した、が正しいか。
……そう、侵入した。
突然の轟音に驚いたらしく入口で筋肉をあしらっていた精霊たちの目が一斉にこちらを向く。僕からでもその姿が見えているんだ、間違いなく彼らには僕の瞳の色まで見えているに違いない。
「……絶対、これ誤解を生んだよね……」
あの、違いますからね。これやったの僕じゃないから。
もしかするとそれはわかっているのかもしれない。穴の向こう側から何やら悲鳴と破壊音も聞こえるし。ただ、やったのが僕にせよその同行者にせよ――「他人のふり」はできそうになかった。
交渉。穏便に済ませる。もうその単語には手が届かないだろう。
考え得る限り最悪の形で、僕は大地の精霊とファーストコンタクトを取った。
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あと1センチ