一章[07]


 冷や汗をだらだらとかきながら門の前へとようやくたどり着くと、あっという間に精霊たちに囲まれた。
 十人はいるだろうか。あれ、これ大分やばいんじゃないの、なんて思いつつもどうすることもできない。できるはずがない。

 「あのー、さっきの音のことなんですけど……入っていった人の、お知り合いですよね?」
 「というか、契約者さんだよね?その指のやつ」
 「あ、ホントだー」

 目の前に立った精霊が切り出してくる。それをきっかけに、囲んでいる精霊たちが喋りだす。見た目は僕よりも幼い――多分12,13歳ぐらいの――少年少女に見えるが、実は100歳越えとか、とんでもない怪力の持ち主の可能性もある。精霊は見かけによらないのだ。油断は禁物というやつだ。
 警戒しつつその問いに頷く。そうです、関係者です。本当にごめんなさい。

 「じゃああの、契約者さん」
 「……な、なんでしょう」

 僕はすぐ謝罪できる心の準備を整える。森に大穴まで空けてしまったし、これはどんな罰でも受けなければならない――

 「その人を止めてください」
 「ごめんなさいそれだけは無理です!」

 いやいやいやいや、絶対無理!マリッサを止められるんだったらそもそもこんなことにはなっていない!

 「え、契約者さんなんですよね?」
 「それはそうなんですけど……」
 「自分の契約相手も止められないんですか?」
 「……ぐっ」

 なんだか絶妙に煽られているような気がする。でも怒る筋合いはないのだ。だって本当のことだし――でも――なぜかものすごくむかつく。なんだろう、この感じ。

 「えっ……それって、駄目駄目契約者さんってことですよね」
 「人間ってそんなに弱いの?」
 「しー、だめだよそういうこと言っちゃ」

 やっぱり煽られている気がする。憐れんだ眼でこっちを見ないでほしい。

 「でも確かに、見た目からしてあんまり強くなさそうだし」
 「お母様よりちっちゃいですからねー」
 「そうそう。まあ、まだまだってことだな!」

 ノイバラの棘みたいにちくちく刺さる言葉が四方向から降ってくる……身長の話はやめてくださいお願いだから。
 なんだか泣きそうになったとき、ふっと引っかかった。

 なんか最後、あきらかに少年じゃない声が混ざってなかったか?

 「だからトレーニングをするべきだっていつも言ってるんだけどなぁ。まだまだだぞ、ラシア!」
 「何しれっと混ざってんだお前!」

 精霊に紛れて明らかな異物が僕の斜め後ろで僕を煽っていた――ここに至るまで気づかないとは、何たる不覚だろうか。
 というかこいつさっきまで精霊に軽くあしらわれていなかったか。何気なく仲間に加わっているのは何故だ。

 「いやー、話してみたらこいつら意外といいやつでさ。友だちになったんだよ」
 「え……?」
 「なってませんけど」
 「うん、一回周りを見渡してみろボドゴリッツァ。そんな晴れやかなテンションなのお前だけだから」

 精霊たちの表情を見る限り真相がどうなのかは明らかだ。ものすごい冷ややかな視線を向けられているのにこいつは気が付かないのだろうか。

 「……っていうか、この人も貴方の知り合いなんですか……?」
 「……しまった」
 
 おいしまったってなんだよ、と筋肉野郎の声がした気がしたが気にしていられない。うっかり喋ってしまったけれどこいつとは無関係を貫く予定だった。
 精霊たちの氷点下の視線が僕に集中する。森の破壊犯と迷惑極まりない不審人物と知り合いのあんまり強くなさそうな人間……という不名誉すぎる認識を持たれているに違いない。訂正したいけど全部絶妙に真実だから言い逃れができない。

 「あの、じゃあとりあえず二人でなんとかしてください」
 「だからごめんなさいそれだけは無理です!」

 人数が増えればいいってもんじゃないから!しかもこいつは戦力どころかむしろ僕の敵だから!

 「契約者さんじゃないほうの人、なんとかならないんですか?」
 「うーん、こればっかりはな、完璧な俺様の力をもってしても少しばかり及ばないというか……つまり、諦めてくれ」

 珍しく筋肉が身の程をわきまえた発言をしている。ようやく学んだらしい。
 まあ、とは言えこのままマリッサを無視するわけにもいかない。折衷案として、僕は彼らに訊いてみた。

 「門番ってことは、君たちは少なくとも人間よりは強いんですよね。ちょっとだけ、手伝っていただくことは……」
 「面倒くさいので無理です」
 「切り捨てるのが速い!」

 しかも理由がひどい。面倒くさいってなんですか面倒くさいって。
 なんとなく前から思っていたけれど、精霊って人間以上に癖が強いというか、灰汁が強いというか……この上代表格の精霊ともなるととんでもない人が出てくるんじゃないだろうか。そう考えると恐ろしい。

 「ねー、でもやっぱりこのまま放置って不味くない?」
 「なんで?」
 「だって誰かを中に入れたってばれたらお母様に怒られるよ?」
 「……」

 協力は得られない雰囲気が少しずつ変わり始める。面倒くさいという態度はそのままだけれど、精霊たちの何人かの顔が青ざめるのが見える。……彼らの母親はそんなに怖いのか。僕まで青ざめるような心地だ。

 「ね、だれかやってくれたらさ。代わってくれた人におやつあげるから」
 「あっ、ココナそれ狡い」
 「そしたらわたしだっておやつあげるもん。誰かやってよ」
 「やだよ」
 「ねー、まとまんないってば」
 「……じゃあ、この棒が倒れた方の人が道案内ね」
 「面倒だけど仕方ないかぁ」

 青ざめたまま繰り広げられた押し付け合いの末に彼らは運を天に任せることにしたらしい。
 彼らは僕から離れてぐるっと輪を作ると、真ん中に長い枝を立てて全員で持った。それから三つ数えて、全員が手を離す。……離すというより押し合っていた気がしたのは気のせいじゃないはずだ。どれだけ面倒くさがりなのか、この門番たちは。

 「あーあ、私負けちゃったぁ。よろしくお願いしまーす」

 カランと音を立てて倒れた棒の先、そこに立っていた少女精霊があからさまに大きなため息とともにこちらにひょこひょこ歩いてきた。完全に目が死んでいる……そんなに嫌か、この仕事。

 「あのー。さっさと帰っておやつ食べたいので、足引っ張らないでくださいねー」
 「……」

 よく見ればこいつ、さっき僕の身長について憐れみの視線を向けてきた奴じゃないか。
 近くまで来たところを目視で確認する――よし、まだ僕の方が高い。我ながら大人げないとは思うが(話した感じもうこの精霊たちの年齢は見た目通りで良いということにする)個人的に一番気にしているところなので見逃してほしい。

 ――かくして、僕と筋肉と怠惰極まる大地の精霊の即席マリッサ鎮圧部隊が結成されたのだった。
 先行きに不安しかない。


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あと1センチ