一章[08]


 ぶち切れて森の中に飛び込んでいったマリッサを追いかけるため、大地の精霊の案内でその集落の中に足を踏み入れて早十数分。
 早くも僕は帰りたかった。

 「あの〜、もう疲れたので自分たちで行ってもらっていいですかぁ。ほら、足跡とかいろいろ痕跡残ってますし、わかりやすいですし」
 「案内役がそれ言う!?」
 「なあ、なあ、ラシア!あの木についてるでっかい虫凄くね!?」
 「お前はここに来た理由わかってる!?」

 何せ、他二人が既に飽き始めているのだ。子どもか。こいつらの精神年齢は揃いも揃って五歳児か。

 「あー、お腹空きましたぁ。ケーキが食べたいですー」
 「うん、そのおやつはこの案内役をこなさないともらえないんじゃなかったかな!?」
 「…………そうでしたぁ。じゃあ、こなしたということで……」
 「いや帰るなよ!?」

 この案内役、まったく仕事を完遂する気がない。マリッサを追いつつ一応の進路は代表の精霊の居る集落中枢の屋敷という風に決めたのにも関わらず、その案内は投げやりでちゃんと代表のところに近づいているのか全くわからないのが不安なところだ。
 幸いなのは、とりあえずマリッサの向かった方向はわかることだ。わざとなのか無意識なのか、彼女は行く先々の木の枝を生育に支障のない範囲で焦がして行っている。これを僕は目印だと解釈しているが、真偽のほどはわからない。せっかくなので好意的に解釈しておこうと思う。

 「うー……」

 さらにしばらく行くと、ぶつぶつ言いながらも歩いていた大地の精霊がその場に座り込んだ。何かあったのか慌てて傍によると、無言で彼女は両手を宙に挙げる。

 「疲れましたぁ。もう歩きたくないです」

 一瞬、本気で殴ろうと思った。
 しかし相手は女の子だし、精霊だし、見た目は愛らしい子どもだ。そして多分中身も子どもだ。さすがにそういうわけには行かないし、そもそも彼女と契約していない僕は彼女に触れない。

 「いや、もう少し頑張ろうよ……ね?」
 「やーです。もう!一歩も!動けない!です!」
 「……飴あげるって言ったら?」
 「頑張ります!」

 ポケットから町で買った飴の小袋を取り出してちらつかせると、精霊の顔はぱあっと輝いた。なんて単純な反応だろうか。いや、予想通りというか。
 小袋の中から綺麗で女の子の好みそうな桃色の飴を取り出して手に乗せてやると、とたんに彼女の機嫌は良くなった。口に含んで楽しそうにもぐもぐとしている。
 ……とまあ、とりあえずこれで案内役は大丈夫そうだけれど、この手段には一つ大問題があった。

 「……おい、ラシア……」

 顔を上げると幼馴染がものすごい形相でこちらを睨んでいた。こいつの身長は無駄にそこそこあるのと僕が今大地の精霊の視線に合わせるべく少し屈んでいたこともあってとんでもない迫力だ。

 「それ俺の飴だよな!?俺の飴って言ったよな!?」
 「別にまだあるからいいだろ!つーか飴の一個や二個にいちいち目くじら立てんな大人げない!」
 「やだ!さっきの味俺のお気に入りなんだよ!」
 「お前もこいつと一緒かよ!座り込むな!」

 僕が飴を持っていた理由も、だだをこねる大地の精霊にすぐ対応できたのも、理由はひとつ。――どうしようもなく駄目な幼馴染と、扱い方が全く一緒だったからである。一緒過ぎて、頭が痛くなってくるが。

 「ほら、お前にも一個やるから」
 「いや、これ違う味だろ」
 「細かいよ!」

 なんとかさっきと同じ色の飴を袋の中から探し出し、くれてやるとようやく奴の機嫌も直った。……これ、あげたやつが最後の一個とかだったらどうなっていたんだろう。考えたくないが。

 「さぁーて、行きますよー!ついてきてくださいね!」
 「急に元気になったな……」
 「大丈夫ですよぉ、道は完璧にここまで来てますから!もうすぐです!」

 俄然やる気が出てきたらしい彼女はにこにこ笑顔で先陣を切っていく。もっと早く飴を与えるべきだったか――いや、そうすると途中で飴切れを起こしていたか。
 さっきまで無視だの巨大な木の洞だのにいちいち引っかかっていた筋肉もとりあえず飴が溶けるまでは大人しくしているだろう。

 「もうすぐです、こっち……ほら、着きましたぁ!」
 「近いな!?もしかしなくても今までほんとに案内する気なかったよね!?」
 「気のせいですよぉ」

 飴を与えて十分も経たない。甘いものとは時にこんなにも便利なものなのか。
 
 「ほら、ここの木の隙間。ここから入るんです」
 「……ずいぶん狭くない?」
 「そう見せかけてるだけですよぉ。むやみに入られると困りますからねー。意外と行けます」

 そう言いながら彼女が指さすのは、明らかに僕が横を向いてもつっかえそうな細い木と木の間の隙間だ。その上、木の葉と来たら何かとげとげしい。

 「……本当だよね……?」
 「本当ですよぉ。飴の恩がありますしー」

 恐る恐る隙間に右腕を差し入れる――と、不思議なことに、ざわざわと木が騒ぎ出してその姿を変えた。僕一人が入れるぐらいの大きさの隙間が、そこに生まれる。

 「ほら、大丈夫ですー」

 これが大地の精霊の集落、魔法に満ちた森ということなのか。出来上がった空洞に滑り込むようにして入ると、木はまたざわめきだして元のように閉じた。そして、しばらくしてまた広がって、今度は大地の精霊と筋肉が入ってくる。隙間のサイズは、さっきよりも大きめだ。
 つまり、入る人の大きさに合わせて入口の大きさを変える門、というところだろう。
 マリッサは見つからなかったが、とりあえず大地の精霊の代表のいる屋敷へは到着できたということだ。……と、思っていると。


 「あら、ラシアじゃない。遅かったわね」
 「マリッサ……!?」

 聞き知った声に振り向くと、そこにはしれっと探し人が居た。


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