一章[09]


 「マリッサ……」
 「もうちょっと早く来るかと思ってたんだけど。まあいいわ、私も今足止め食らっているし」
 「ちょ、ちょっと待って。いろいろ説明してよ……!」

 今までどうしていたのかとか、なんでさらっと目的の屋敷に居るのかとか。そして代表の屋敷付近に侵入者が居るにも関わらず辺りは静まり返っている件とか。

 「説明も何も、見たままよ。ここが一番偉い奴の居るところなんでしょう?さっきから入れて欲しいって頼んでるんだけど、何故かなかなか許可が下りないのよね。なんでかしら」
 
 それは君が不法侵入をかましたからだと思うんだけど……とは思っても、命が惜しいのでここはつっこまない。今の彼女にとっては「臆病者の大地の長を一発ぶん殴る」ことがすべてだ。
 さすがに殴る前に宥めるか大地の長に危険を知らせることはしようと思うが、今この場で死ぬわけには行かない。そうだ、まだ精霊集めという大仕事の序盤も序盤だ。
 そして今のマリッサの発言で、なんとなく今の状況はわかった。門番からの知らせもなく突如本陣に切り込んできた侵入者に、大地の精霊側も混乱しているのだろう。その上その不審者が攻めてくるでもなく何故だか律儀にノックをしてきたことで特に困惑しているに違いない。

 「まったく、案内人か案内板くらい森の中に置いておいてほしいわ。おかげでずいぶん迷っちゃった。仕方ないから直線で進んだけど」
 「いや、森林破壊は良くないと思うな……!」

 さすがにこれは怒ってもいいと思う。というか誰かが怒るべきだ。
 僕の発言にマリッサがじろりとこちらを見る。あれ、これ死んだかな?と一瞬燃やされることを覚悟したりもしたが、ややあってマリッサは眉を下げた。

 「……そっか、それもそうよね。ちょっと反省したわ」
 「うん、分かればいいんだよ。あとでここの精霊たちに謝ろう」
 「次からは、折らない程度に曲げることにするわ」
 「森林変形するのもやめようか!?」

 っていうか全然わかってないよね、この精霊!?
 マリッサは両手で何かをぐっぐっと曲げる動作をやたら笑顔で見せてくる。力加減気を付けるわ、ということだろうか。いや、元の形を保ったまま通るという発想はないのか……!?
 どこからどう突っ込もうものかと逡巡していると、ここまで案内役をしてくれた例の大地の精霊がぼそりと呟いた。

 「まったく、怖い精霊さんですねぇ。これだから炎の精霊は野蛮って言われるんですよぉ」
 「……今、何か言ったかしら?」
 「ひっ」

 そして案の定マリッサに凄まれて悲鳴を上げた。つっかからなければいいのに、とは思うがこの棘のある物言いは大地の精霊の特色か何かなのか、それとも単にこの子の性格か。

 「ねえラシア、何よこのちっこいの。なんだか妙に人の神経を逆撫でしてくるのだけど」
 「それは薄々僕も思ってたけど……いや、この子はここまで僕たちを案内してくれた門番の精霊でね」
 「ディアですよぉ、お兄さん」

 紹介する前に遮られる。というか、僕もここに来て初めて名前を知った。
 ……ちなみに、呼び方が“人間”から“お兄さん”に変わったのは飴効果か。そうなのか。

 「ここにお兄さんたちが来れたのはディアが案内してあげたからですよぉ、だから……」
 「だから?」
 「……あのおっかない精霊を早くなんとかしてください、です……」
 「急にしおらしくなったね!?」

 そんなにマリッサが怖いのか。というかそれなら最初からつっかからなければいいのに、と心の中で二度目の突っ込みを入れさせてもらう。
 ディアと名乗った彼女はマリッサとの間の盾にするように僕の背後に回った。

 「ちょっとラシア。そこ退きなさい」
 「いや退きなさいって言われても、結構この子も力強いっていうか……ちょ、動けないんだけど!?足元埋めてない!?」
 「お兄さんはか弱いディアをこの怖い精霊さんに差し出すんですか……?」
 「本当にか弱い子はそんなこと言わないって!こっちは触れないのにそっちは魔法で地面変形できるとか不公平だぞ……!」

 精霊は美男美女が多いと言うけれど、その例に漏れずこの二人の造形も人間離れして可愛らしい、と思う。……見た目は。見た目はね!
 そんな二人に挟まれて凄まれている現状、どうだろうか?羨ましい?羨ましいと思う人が居るなら今すぐ代わってあげたい。恐怖しかない。
 前門の虎ならぬ眼前のマリッサ、背後のディア。言い換えるなら燃えるか埋まるか。救いを探して辺りを見るも、あと居るのは鼻をほじっている幼馴染だけである。まずあいつを燃やして埋めたい。

 「二人とも、落ち着いて……!」
 「……許可が下りましたので、どうぞお入りくださ――あら?」

 僕が叫ぶと同時に、今まで閉まっていた屋敷の扉が内側から開く。中から出てきたのは背の高い女性の精霊だった。そしてその精霊の声と同時に――ディアが飛びのく。

 「お、お母様っ……!?」
 「どうしたの、ディア。門番の仕事はまだ終わりの時間じゃないはずだけれど?」

 にこりと微笑むその精霊が、どうやらこの少女精霊の母親らしい。怯えっぷりが半端ない気がするが。そういえば、 他の門番たちもやたら「お母様」に怯えていたっけ。

 「あの、すみません。僕たちが案内を頼んだんです」

 一歩前に出て、頭を下げる。ディアが意外そうな顔をしているのが心外だけれど。……確かに、どれだけムカつこうとも、ここまで案内してきてくれたのは彼女だ。

 「……そうだったのですか。うちの娘がご迷惑をお掛けしました」
 「い、いえ……凄く助かりましたよ」
 「そうですか?それなら良いのですけれど」

 笑顔を若干の困り顔に変えながら、その女性はディアを手招きする。こちらにおいで、ということらしい。ディアの方も大人しくそれに従う。

 「なあ、本当にこいつの母親なのか?」
 「馬鹿、お前……」
 「いえ、お気になさらずに。良く言われるんです……あまり似ていないでしょう?」

 空気を読まないボドゴリッツァの発言にも笑顔で対応するあたり、本当に母娘正反対と言わざるを得ない。……と言うわけにもいかず、さてどうしようかと悩んでいるとマリッサが割り込んできた。

 「ねえ、それより早く大地の精霊の代表って奴に会わせてもらえる?」
 「失礼しました。そうでしたね……こちらへどうぞ」

 彼女の案内で僕たちは屋敷の中に足を踏み入れる。屋敷、といってもそれは人間の集落にあるようなものとは若干違っていて――迷路のように入り組んでいた。きっと侵入者を阻むための仕掛けなのだろう。
 それよりも驚いたのは床や、壁や、全ての調度品だ。一切の毛皮製品や火の気は無く、明かりでさえ天窓を利用して取り入れる形になっている。村のように光の魔法を利用した街灯や、松明は一切無いようだった。他の精霊の力を借りることなく大地の精霊だけで暮らすために発展した技術なのだろう。
 そうして、壁にかかった森林や滝の見事な絵画を眺めたり、天窓から空を見たりするうちに、奥の間に到着してしまった。

 「どうぞ、お入り下さい」
 「邪魔するわよ」

 開けてもらったカーテンをマリッサがさらに大きく開け放ち、部屋の中が露わになる。
 今までの廊下よりも明るい奥の間に、僕たちの会いに来た精霊――大地の代表が、静かに座っていた。


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