序章[4]
言い訳をさせてほしい。
筋肉の買い食いのせいで、僕たちは走って聖堂に向かうことになった。奴が食べ終わるころ、ちょうどパレードが終わったせいだ。たまたま目が合った女神役の同級生に「なんでまだそんなところにいるの?」とでも言いたげな冷たい視線を向けられたのが忘れられない。
ちなみに断っておくと、僕は運動が苦手だ。
基本的に運動より読書派、さらに広大な畑を持っているような家でもなかったので運動に縁がなかったせいだと思う。というか、そういうことにしておきたい。
別に畑で働く必要が無くても完全なる趣味で筋トレに勤しんでいる例の幼馴染のような輩も居るが、それはあくまで少数派だ。……少数派であってほしい。
にもかかわらず走らされることになり、聖堂までの道は石だらけで足場が悪く、おまけに坂道だった。――そんなわけだから、聖堂につく頃には息も絶え絶えになってしまっていたのも仕方ないと思う。
「ああ、やっといらした。……って、だ、大丈夫ですか……?」
「……一応、大丈夫です」
聖堂前につくとまず入口で若い女性の神官様に心配された。たぶん僕たちを案内する係なのだろう、ずいぶんと待たせてしまって申し訳ない思いでいっぱいになる。
「少し待っていてください、お水を用意しましょう」
「すみません……」
苦笑いののち、神官様が左手をあげる。するとすぐに神殿の中から空のコップを持った少年が現れ――驚くべきことに、彼がこちらに近づくほどに、コップの中に水が満たされていくのが見えた。
精霊の力だ。
「どうぞ」
彼が僕の目の前に立ち、コップを差し出してくるころにはその中にはなみなみと水が入っていた。
いただきます、と言ってそれを口に含む。ただの水なのだけれど、精霊によって生み出された水を飲むのは初めてだからか、なにか特別な気がした。
そこでふと疑問に思う。彼はこの神官様の契約している精霊だろうか?
だとしたら、精霊と契約を結んでその力を使う神官は珍しい気がする。思えばこの神官様を見るのは初めてだ。この時期儀式のために各所から手伝いの神官様たちが集まってくるから、おそらくその一人だろう。
「ごちそうさまでした。あの、失礼かもしれませんが……神官様はどこからいらっしゃったんですか?」
「私の……出身地ですか?」
「はい」
村の外の話を聞くのは僕の好きなことの一つだ。思わず訊いてしまう。
神官様はそんな質問をされるとは思わなかったような調子で(実際この流れでそんな質問をする人はいないだろう)いたけれど、すぐに微笑んで話してくれた。
「私は南の、アルザールの街出身です。絵画のように複雑な模様を織り込んだ織物が特産品の街……と言ったら分かるでしょうか」
織物、といわれてすぐにピンと来た。もともと地理の授業が好きだったのもあるけれど、アルザール産の絨毯は母が大切にしていた記憶がある。たぶん、今でもうちのどこかに仕舞ってあるはずだ。
「……それで、何故そんな質問を?」
怪訝そうに、神官様が訊いてくる。まあ、当然だろうなと思いつつ、正直に言うことにした。
「うちの村とか近くの街では精霊と契約している神官様を見たことはなかったので。僕、村の外のことを調べるのが好きなもので、つい」
「あら、そういうことなのですね」
納得してもらえたらしく、彼女はまた微笑む。柔らかな雰囲気の、親しみやすい神官様だなと思った。
「そうですね、私の住む地域でも精霊をつれた神官はあまり居ませんが……私は、自分の生まれた地域を離れてでも女神様に尽くしたい、と思う精霊の手助けとしての契約であれば、積極的に結ぶべきだと思うのです」
「手助けとしての、契約……」
彼女の言葉をもう一度口ずさんでみる。僕は生活のために人間と契約をして働いている精霊や村長のように便利な力を得るために精霊と契約している人間を見たことはあったけれど、「そういう契約の形」を見たのは初めてだった。
精霊と人間の共存の形にも、いろいろあるのだろう――と、そう、考えを巡らせていると。
「お!ラシア!お前、やっと来たんだな!」
「……うわ」
「おい、うわってなんだよ」
それをぶった切るように、筋肉がどこからか走ってきた。
そうだった。忘れていたが、そこそこ足の速い奴は僕を抜いてさっさと聖堂に行ってしまったのだった。
「あのさあ、お前、聖堂では走るなよ。子どもじゃないんだから」
「へーい」
「本当にわかったの?」
適当に聞き流していやがるな、と思いつつ昔からこいつは先生の注意も聞かないようなやつなのであきらめる。とりあえず次に走ったら蹴りを入れよう。
「ふふ、それではお二人ともお揃いになりましたし、参りましょうか」
神官様と精霊の彼が僕たちを聖堂の奥へ招く。
儀式の間は、すぐそこだ。
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あと1センチ