chapter:恋慕 「皆はもう帰りました」 藤堂くんが言ったとおり、僕と彼以外は誰もいない。 部屋の真ん中にあった部員達のイーゼルはキャンバスと共に壁の端へと片付けられている。 閑散(かんさん)とした何もない部屋の中で、ただ、僕のイーゼルとキャンバスがあるばかりだった。 「何か悩み事ですか?」 「え?」 静かな空間に彼の凛としたハリのある声が聞こえて、僕は慌てて彼を見上げる。 「いえ、ずっと思いつめていたようでしたから……」 彼は、眉根を下げて微笑んだ。 初めて見る顔だ。 とても格好良い。 思わず見惚れてしまう。 「先輩?」 ――あ、ヤバ。また思考が止まった!! 「あ、ううん。悩みなんてないよ? 心配してくれてありがとう」 悩み事なんて、あるとしたら貴方のことだ。 ――なんてことは当然、言えるはずもなく、僕は首を左右に振って、見下ろしてくる彼に、ニッコリ微笑む。 そうすると、彼の手が、急に僕の方へと伸びてきた。 えっ? なに? 僕の心臓が大きく跳ねる。 それなのに、身体はまるで僕の言うことを聞いてくれない。 僕のすべてが、彼に支配される。 金縛りにでもあったかのように、ただジッとしていると、さっき思いきり首を振ったからだろう。 乱れた耳横の髪を撫でられた。 それはとても優しい手の動きだった。 緊張のあまり、唇を噛みしめてしまう。 「先輩、血が出ますよ?」 |