chapter:恋心 「まあそう怒るなって、その顔もそそられるけど……」 顎を持ち上げられ、近づいてくる唇にゾッとした。 今朝、涼に触れたばかりの唇。 それが彼に奪われるなんて、冗談じゃない!! 「僕に触るなっ!!」 僕へと伸ばされた手を勢いよく払い除けた冷たい音が、静かな教室に鳴り響く。 皆話をするのをやめて、こっちに注目している。 恭一と僕がどうなるのかを、固唾を飲んで好奇の目で見てくる。 毎日毎日、こうして絡まれるのはうんざりだ。 僕は席を立ち、自分が居るべき場所へと足を向けた。 長い階段を上って、ようやく着いた先は、五階。 さっき、恭一に触れられた頭や顔が気持ち悪い。 ガラッ! 僕は不機嫌なまま、乱暴にドアを開けた。 ――あ……。 恭一のことで頭がいっぱいで、他には何も考えてなかった僕は、邪魔なドアが消えたちょうどその先にいる彼を見て、止まった。 僕よりも少し大きめの紺色のブレザーは、椅子の腰掛け部分に置いている。 薄手のカッターシャツから見える広い肩幅と分厚い胸。 相変わらず背筋がしゃんと伸びていて、凛々しい彼は――僕よりもひとつ年下の藤堂 涼くん。 そんな彼は、キャンバスを前に絵を描いていたらしい。 骨ばった大きくて男らしい手のひらにはパレットが乗っている。 「あ、びっくりした……。先輩も今日提出の絵の仕上げに?」 腰くらいまである連なった窓から白昼の光が教室内を照らし、光を背に受け、まるで彼自身が放つ後光のようにも見える。 |