chapter:おちこぼれ妖狐。 ところが匂いを嗅いでも葛粉の匂いしかわからない。 取り敢えず、毒は入っていないようだ。 「寄越せっ!!」 真尋は刃物を放り投げると、この場所がいったい誰の屋敷であるかということさえも忘れ、男から器を分捕り、饅頭を頬張った。 なにせ妖狐族にとってはたった一日食いっぱぐれただけではあるものの、人間に換算すれば三日間も何も口にしていないことになる。 空腹に耐えきれなくなった真尋が夢中になって饅頭を頬張っていると、男は突きつけられた刃物が消えたのを良いことに、腰を上げた。 「おい、何処へ行く?」 そこでしまったと気がついてももう遅い。真尋が放った刃物は男の庭先に転がっている。警戒心を取り戻そうにも真尋がもぐもぐと口を動かしながら訊ねていては緊迫感も何もない。 まさか今度こそ誰ぞに助けを呼ぶ気ではないか。 真尋が男の様子を窺っていると……。 「妖狐族は鮭が好物と聞く。焼いてこよう」 男は口元にうっすらと笑みを浮かべ、そう言った。 鮭を食べたのはいったい何時の頃だっただろうか。 里を出る前に祖父がご馳走してくれたきりだ。 そこで真尋の頭は真白に染まった。それというのも、男は真尋のことを『妖狐』と口にしたからだ。 いくら空腹とは言え、もちろん会って間もない人間に自分が何者かを打ち明けるヘマなどするわけがない。 敵か味方かもわからない相手に、わざわざ自ら自分の正体を明かすことは自殺行為だ。 真尋の背筋が凍る。 「な、なななな、なんでっ!! 俺が妖狐だってわかった!?」 まさかとは思うが、変化が解かれたのかもしれない。なにせ、自分は最弱の妖狐。しかも変化の術も大がつくほど苦手なのだ。 真尋は慌てて獣独特の耳が頭から出ていないかを確かめた。 同時に頬張っていた饅頭がぽろりと地面に落ちる。 けれども真尋が伸ばした手は空を撫で、獣の耳は当たらない。 どうやらまだ人型の姿は保てているらしい。 真尋はほっと胸を撫で下ろした。 しかし、である。ならばどうして男に真尋の正体がばれたのだろうか。 |