chapter:おちこぼれ妖狐。 けれども真尋は空腹には勝てず、膝元に落ちた食べかけの饅頭を拾い、また頬張りながら考える。 「…………」 考えるものの、やはり答えは出てこない。 「さて、どうしてかな?」 真尋の問いに男は真剣に答える気もないようだ。またもやうっすらと笑みを浮かべ、座敷から去った。 あの男は助けを呼ぶつもりではないだろうか。しかし、である。妖狐族という生き物は俊敏な動きをするあやかしだ。誰が来ようと真尋の動きには勝てる者はまずいない。 そう思い直すと、真尋は女とふたりきりになった縁側でひたすら饅頭を頬張り続けた。 そうして真尋が最後のひとつになった饅頭を口に入れた時だった。 「あいにく一切れしか置いていなかったが、ほら、お食べ」 先ほど出て行ったこの屋敷の主人と思われる男が、ふたたび縁側へと戻って着た。真尋の隣に平たい器を置いた。 その器の中には――。 なんと驚くことに、一切れの鮭がぷつぷつと香ばしい音を立てて乗っているではないか。 真尋は生の方が好物だと男に言いたかったのだが、それでも差し出された鮭には思わず舌なめずりをしてしまう。時間が過ぎるのも忘れ、差し出された鮭を素手で掴み取り、貪り食らった。 「…………」 腹は八分目ほどか。すっかり空腹も癒えた真尋は仰け反り、ぷっくりと膨れた腹を撫でる。 「邪魔、したなっ」 ひととおり食事を済ませ、礼も言わずに腰を上げた。 「またおいで。今度はもう少し多めに食い物を用意しておこう」 礼のひとつも寄越さない真尋に腹を立てる素振りすらない男はにっこりと微笑み、そう口にした。今さらだが、真尋はこの屋敷の主人とは別段仲が良いわけでも、顔見知りでもない。あろうことか彼の屋敷に押し入った泥棒である。――にも関わらず、男は微笑を漏らし、「またおいで」とそう言う。 押し掛けた泥棒にまた来いという人間が果たしてどれほどいるだろう。しかも、である。真尋は妖狐であやかしだ。人間とは違う種族であるし、この世の者でもない。その真尋に愛想が良いというのは人がいいにも程がある。 真尋が言い返そうにも、男の笑みがあまりにも綺麗だった。それに夜気が男の周囲をふんわりと包み込むように薄ぼんやりと光っているように見える。その姿があまりにも美しく、不覚にも胸が大きく高鳴ってしまった。 「っつ!!」 おかげで言い返すこともできないまま、踵を返し、真尋は屋敷を後にしたのだった。 おちこぼれ妖狐。―完― |