chapter:おちこぼれ妖狐。 (一) 静かな夜だ。 時刻は丑三つ時。頭上では雲一つない夜空が広がっている。闇夜に浮かんだ饅頭(まんじゅう)のような丸い月がぽっかりと浮かんでいるばかりだ。 薄闇が広がるその下で、男はひとり、歩いていた。 「う〜腹、へった〜」 年の頃なら二十五歳前後。細身の身体に身に着けている着物は、どこをどうすればそこまで汚れてしまうのか。ところどころ裾が破れ、元は美しい白だっただろうに今ではけっして綺麗とは言えないほど泥を被っている。 しかし小汚い服装ではあるものの、男の表情には活気があり、破れた着物の裾から覗く肢体は余分な筋肉を持たない健康的な肌をしていた。 男は空腹を訴える腹を押さえ、まん丸い月を物欲しげに見つめながら、寒々とした夜気の中、人ひとりとして通っていない細い裏路地を歩いていた。 男の名は真尋(まひろ)。人間ではない。狐のあやかしだ。 年は三十歳。人間で言うならば家庭を持ってもおかしくない年齢である。 しかしながら妖狐族はあやかしの中でも最も長寿な種族で、平均で五百年も生きるとされている。そこから考えても、真尋は人間で言うところの生まれたばかりの赤子同然であった。 ぐるぐるぐるる。 また、真尋の腹が鳴った。 「腹、減った〜」 ぽつりと呟く。 なぜ真尋が腹を空かせているかというと、彼は化けるのが苦手などころか、その妖力も持ち得ていないからだ。 本来、妖狐は尻尾が九つあるところが、真尋は生まれつき三つしか持っていない。だから同族にはいつも爪弾きにあい、『役立たず』と罵(ののし)られていた。 それでもなんとか人間に化け、彼は今、ここにいる。 人間になった真尋の容姿は、身長百九十センチの細身で、一重の目は細く、目じりはつり上がっている。しかし目つきが悪いのは、人間に化けているからという理由ではない。いわゆる生まれつきだ。 人間の男としての容姿は、まずまずといった感じだろうか。 しかし、である。 どんなに人間に近づこうと化けたとしても、所詮は落ちこぼれ妖狐である。少しでも気を抜けば、頭に耳が飛び出したり尻尾が出たりと大変な惨事になる。 ではなぜ、化けるのも苦手な彼がそうまでして人間界(ここ)にいるのかというと……。 |