chapter:それでも大好きなあの人。 痴漢は、ぼくが追っかけをしていた先輩だって判明してからどれくらい経っただろう。 昨日のような気もするし、ずいぶん前のような気もする。 あれから、ぼくはもう、先輩の姿を見ていない。 とても人気な人だから、意識しなくてもすぐに見えてしまうけれど、なんとか視線を逸らし、先輩を見ないようにしている。 ――ううん、違う。 『見ない』じゃなくて、『見られない』んだ。 だってぼくは、先輩に不快だと思われるようなことを平気でしていたのだから……。 ぼくは、先輩に嫌われていた。 そう実感すれば、また涙があふれてきてしまう。 もう、どうすることもできない。 本当は、学校にも行きたくないけれど、お母さんが頑張って働いて、授業料を出してくれているし、ぼくもお母さんの手助けをして家計をなんとかしたいから、アルバイトもしなきゃだ。 だから今日も、学校を終えたぼくは、一度家に帰って、アルバイト先で仕事をした。 アルバイト先は居酒屋さん。 仕事内容はホールで、お客さんに注文を受けたり品を届けたりする。 ぼくは高校生だから、仕事が終わるのは夜十時。 だけど、今日はいつもより帰る支度が遅くなってしまった。 それでも時間は夜の十時三十分。 けっして夜更けでもないのに、人通りが少ないのは、住宅街だからだ。 大好きな人に嫌われているっていう悲しい気持ちを抱いている今は、この道を歩くのはちょっぴり心細い。 |