chapter:花盗人~again 石造りなのに、とても暖かみのある広すぎる屋敷。ここには、従業員が数え切れないほどいる。 時刻は深夜一時。たくさんいる従業員も寝床に付き、静かになった頃、俺はベッドから離れた。 俺の名はエマ。ひょんなことがきっかけで、高熱を出した弟のアシュレイと一緒にこの屋敷に住まわせてもらっている。 この家の主人、ラトヴィッジ=グレイモンドのおかげで弟の熱もひき、食事もできるくらい徐々に回復に向かっている。 身よりもない俺たちが、こうして何も不自由することなく過ごせているのは嬉しい。 だけど、俺は複雑だ。 なぜなら、俺はこの家の主人、ラトヴィッジ=グレイモンドに惚れたから。 彼は上流階級の人間なのに、俺たち貧しい人間を毛嫌いせず、奴隷のようにも扱わずに対等な人間として接してくれる。 俺に家庭教師も雇ってくれたりして、文字の読み書きを習わせてくれる。 ……それが、いけないんだ。俺は日に日にラトヴィッジを好きになっていく。 それと相俟って、ラトヴィッジは俺に手を出さなくなる。そう、約束したから……。 いや、約束じゃない。彼が一方的に言い出したんだ。俺の身体目当てじゃなく、好きになったから一緒に暮らそうって。対価は何もいらないからって……。 だけど、だけどさ。俺はやっぱりラトヴィッジと――好きな人と対等になりたい。いくら貧しい育ちで、金もないからっていっても、それでも同じ位置にいたい。 そう思うのは、贅沢なのかな。 それに、一回きりだったけれどラトヴィッジに抱かれてから後、俺の身体が疼くようになった。 彼を見かけるたび、俺の身体が痺れるような感覚に陥って、下肢が熱くなるんだ。 そして今夜、限界に近づいた俺はラトヴィッジに迫ってみようと決意した。 だって身体は発火するように熱いし、俺の一物は何もしていないのに身をもたげはじめているんだ。 ラトヴィッジに触れてもらわなければ、もうどうしようもないところまで追いやられている。 俺はラトヴィッジに与えてもらった部屋を抜け出た。向かう先は、書斎(しょさい)。 仕事熱心なラトヴィッジは、人びとが眠りにつく、静かなこの時分になると、経費やらの計算をはじめる。 彼は使用人にすべてを任せず、見回りなんかをして自分の目で土地の様子を把握したりしているんだ。彼はやり手な実業家だった。 ほらな? そういう彼を知れば知るほど、好きになっていくんだ。 一階の書斎に辿り着いた俺は、分厚いドアを叩いた。 「はい」 中から、低い男の声が聞こえた。ラトヴィッジだ。 彼の低い声を聞いただけで、俺の身体がより熱を持つ。 「開いているから入りなさい」 この屋敷の主人である、ラトヴィッジの許しを得てドアを開ける。 「あの。仕事、終わらない?」 「どうした? 何か不都合なことでもあったか?」 書斎の真ん中にある机と向かい合わせになっているそこに、広い背中の彼がいた。 椅子を引き、振り返る。目を細めて微笑むラトヴィッジは、燭台に立てられているロウソクの明かりに照らされて、とても綺麗だ。 不都合? 不都合なんてありまくりだ! ああ、もうっ! なんでラトヴィッジはそんなに優しく笑うの? 心臓がドキドキするっ! 「あの……」 なんて言えばいいんだろう。本人を前にすれば、何も言えなくなってしまう。 「エマ?」 「……っつ」 俯いてしまう俺の顔を覗き込んでくる。ラトヴィッジとの距離がうんと縮まった。 「俺、俺……」 ああ、なんて言えばいいのかわからない。 俺はラトヴィッジの薄い唇に自らの唇を押しつけた。 香水だろうか、ラトヴィッジから、シトラスの香りがする。 彼を感じれば、俺の息が震える。 ラトヴィッジの広い背中に腕を回し、その先を強請った。 「エマ……もう寝なさい」 だけどラトヴィッジは俺の肩を引き剥がし、俺を突き放すようにそう言うと、背中を向けて、また机と向かい合った。 なんで? なんでラトヴィッジは俺と寝なくても平気なの? 俺の身体と心はこんなにラトヴィッジを求めているのに、どうして簡単に俺から離れることができるの? 「…………」 ――ああ、そうか。 もしかするとラトヴィッジが俺を好きだと言ったのは、この屋敷に住まわせるためのただの口実にすぎなかったのかもしれない。 なにせ、ラトヴィッジはとても格好いいし、家柄も裕福で、女性なんて選びたい放題だもんね。 俺にとってラトヴィッジは最愛の人でも、ラトヴィッジは違うんだ。 俺は端(はな)から、ラトヴィッジに求められていなかったんだ。 目頭が熱くなる。目を擦って涙を抑えようとしても、逆に視界が歪んで、流れる涙は溢れて止まらない。 惨めだ。情けをかけられ、好きだと嘘をつかれた自分が――ラトヴィッジの嘘を本気にした自分が――馬鹿みたいだ。 俺は泣き声をもらすまいと唇を引き締め、無言で踵(きびす)を返した。 「エマ?」 無言なのがおかしいと思ったのか、ラトヴィッジは俺の名を呼ぶ。だけど俺は当然振り返ることもできなくて、唇を引き結んだまま部屋を出る。 「エマ!!」 「っつ!」 だけど書斎を出たところで泣いているのがバレたんだ。さっき、俺を突っぱねておきながら、ラトヴィッジは俺を引き寄せた。 「いや、もういい。離してっ!!」 胸板を押し、ラトヴィッジから離れようとするのに、彼の力は強い。俺は簡単に包み込まれ、気が付けば書斎に戻り、椅子に座るラトヴィッジの膝に、横抱きにされたまま座らされていた。 顔が近い。だけどちっとも嬉しくない。 「エマ? 何故泣いているんだ?」 「なんでも、ない」 「なんでもなくはないだろう?」 俺に情けをかけているだけなら、もう優しくしないで。 「俺、出て行く」 「エマ、何を!」 「俺は! 俺はラトヴィッジにとって、なに? 好きなのに……俺の身体は貴方を求めて、こんなに熱くなってるのに……ラトヴィッジは俺を突き放す」 ラトヴィッジの手を取り、いまだに膨れている俺の一物に誘った。 「エマ……」 困っているような声がした。だけど視界は涙で歪んでいて、ラトヴィッジの表情がわからない。 俺はボタンを外し、肌を曝す。手が震えたのは、拒絶されると思ったからだ。 それでもラトヴィッジに受け入れられたくて、あらわになったふたつの乳首を摘んだ。 ラトヴィッジに見せつけるように、自ら乳首を弄る。 「ラトヴィッジ……っふ、ぅんっ」 ラトヴィッジに摘まれる感覚を思い出しながら、引っ張ったり指の腹を使って転がす。 乳首は次第にツンと尖ってきた。 「抱いて、抱いてほしい、んっ、っは……」 これで最後にするから。ラトヴィッジには迷惑をかけないから……。 もう一度抱いてほしい一心で、俺はラトヴィッジの膝の上で彼を誘惑する。 「エマ!!」 獰猛な獣のような唸り声を出したかと思ったら、視界はラトヴィッジから、天井に変わる。 気が付けば机に押さえつけられた。 俺自ら乳首を弄っていた手が払い除けられ、一方の乳首は摘まれ、もうひとつには滑った何かが触れた。 乳首に触れたそれが舌で、乳首を吸うのは唇だと知ったのは、甘噛みをされたからだ。 「ん、ああっ」 気持ちいい。ジクジクする。 ラトヴィッジは一方をいじり終わると、もう一方も同じように甘噛みされ、舌で乳首を転がされる。 ツンと尖った乳首が強調する。 「エマ……エマ」 まるで愛を乞うかのように、俺の名を呼ぶ、低くてくぐもった声。 本当に獣のようだ。 俺の乳首を味わい終えた舌は、俺の身体を蹂躙し、ズボンを手にかけた。 下着ごと足から引き抜かれる。 尻の孔に指を挿入(い)れられ、俺の身体がビクンと跳ねた。 「柔らかい。弄っていたのか?」 だって、だって、ラトヴィッジに抱かれたかったから。 今夜こそはと決意して、バスルームで中を散々弄って、ラトヴィッジをすぐに迎え入れられるようにしたんだ。 でも、そんなことを言えば、ラトヴィッジは俺をどう思うだろう。 今、俺を抱こうとしている彼はただ、目の前に食べ物があるからっていうだけで、俺を好きっていうわけじゃないのに……。 そう思えば、胸が張り裂けそうに痛む。 目から涙がこぼれた。 「エマ?」 しまった。気付かれた!! そう思った頃にはもう遅い。 俺が泣いているのに気付いたラトヴィッジは離れた。 いやだっ! やめないでっ!! 焦った俺はラトヴィッジのズボンのジッパーを下ろし、肉棒を引きずり出した。そのまま口に迎え入れる。 「エマっ、なにをっ!?」 ラトヴィッジは俺とは比べようにならないほど、とても大きい。 それでもなんとか口を開けて、肉棒を咥え込む。口内にあるラトヴィッジの肉棒がいっそう大きく膨らんだ。 気持ちがいいらしい。 くぐもった声が上から聞こえたと思ったら、後頭部を押さえられた。 「んむうぅううっ、っふぐぅうっ!!」 深い抽挿がはじまる。 息が、できない。 苦しい。 「うぅうう、っぐ」 肉塊が俺の喉を突く。同時に、けっして美味しいとは言えない先走りが食道を通り、無理矢理嚥下させられる。 でもこれは俺が望んだことだ。だから俺も必死に口を動かし、ラトヴィッジを受け入れた。 根元まで咥えさせられ、激しい抽挿が口内で繰り広げられる。 ラトヴィッジを咥えていると、俺自身も大きく膨れ上がってきた。 後ろの孔がヒクヒクしてる。 どうしよう。触られてもいないのにイきそうだ。 「ん、うぅうううっ」 もうすぐイく。そう思った時、俺の体位が変わった。机にうつ伏せにされ、そうかと思えば、剥き出しになっている孔に反り上がった肉棒が挿し入ってきた。 「おっき、やっ、そんなに、っひ、ぅうう、あああっ!!」 ひと息に貫かれ、俺は簡単にイってしまった。 俺の最奥を貫いたラトヴィッジもまた、俺の後を追うように、体内で吐精し、オレの中に注ぎ込んだ。 「……すまない」 荒い息を整え、俺の前で項垂れるその人の、への字に曲がった口から出た謝罪の言葉。 それはきっと、俺を無理矢理抱いたことによる謝罪だろう。 平気だ。だって、俺がこれを望んだんだから。 「こうなることがわかっていたから、手を出さずにおこうと思ったんだが……」 「へ?」 ちょっと待って? 何かおかしなことを聞いた。 「ちょっとまって? 俺、ラトヴィッジに相手にされてないんじゃ」 「何故そうなる? 俺はきちんと君を好きだと言ったはずだが?」 えっ? 「じゃあ、じゃあ、俺を抱かなかったのって、嫌いになったとか、他に好きな人がいるとかじゃなくて……」 「俺は君以外、何もいらない」 「キスもしてくれなかったのは?」 恐る恐る訊ねれば……。 「それだけでは終わらなくなるだろう?」 当然のことのように訊ね返された。 っていうことは、俺、もともとラトヴィッジと両想いだったってこと? 嫌われるとか余計な心配だったわけ? なんだよそれ。俺、すごく馬鹿みたいじゃん。 「いいよ、ひどくされても。だって俺、ラトヴィッジなら嬉しいから」 微笑んで見せると、ラトヴィッジはくぐもった声を上げ、俺の唇に噛みつくようなキスを寄越した。 これからどうなるのかはちょっぴり不安だけど、これもこれで悪くない気がする。 俺は深くなる口づけに身を委ね、ラトヴィッジの滑らかな金の髪に指を滑らせた。 **END** |