chapter:ライハーネ ・ジア(光) ・マフムード(神にたたえられた) ******** 太陽が出(いず)れば大地は黄金に輝き、太陽が沈めばアメジストの星空が広がる。ここは砂漠の街、ナウラ(花)。 絶えず水が流れているオアシスだ。 この国を治めている王の名は、ジャーミア。滅多に降らない地域には水路を引き、貧しい人でも通える病院という施設も作った、有能な国王だ。 彼には三人の王子がいて、長男には正妻の話が持ち上がっている。 けれどもすべての王子が順調というわけにはいかない。 国王には頭を悩ませている王子がいた。 それが、一番下の王子、マフムード。彼はずっと幼い頃、王家の対抗勢力に攻められ、大怪我をしてしまい、目尻から口元にかけて、むごたらしい傷跡が残された。 だからマフムード王子は人びとの目から隠れるようにして、宮殿に引きこもっていた。 そんな王子でも、狭い部屋に留まらず、たまには外に出たい時だってある。 街外れにある小さなオアシス。水が滾々(こんこん)と湧き出ているそこは、なんでも魔物が住んでいるとか。 噂では耳にするものの、誰も寄りつかないその場所は、人を避けたい王子にとっては魅力的だった。 だからマフムード王子は、天気が良いその日、こっそり城を抜け出し、オアシスへと向かった。 (……綺麗だ) 瑠璃色の真っ青な空。その下に佇む翡翠色の緑が生い茂っている。そして、透き通った水が滾々と湧き出ていた。 マフムードは自分の置かれている現状を忘れ、開放感に満ちていた。 深呼吸を繰り返し、風を――空気を感じていると、何やら鈴の音と、柔らかなクスクスと笑う声が聞こえてきた。 目を凝らせば、そこには、年の頃なら十六歳くらいだろうか。白い肌に薄衣を纏った可愛らしい青年が舞っていた。 女性のようにしなやかに舞っている彼の肢体は、けれど青年期を迎え、引き締まっている。 青年の赤土色をした細い髪が風に舞い、細い腕が瑠璃色の空をなぞる。 なんと艶のある舞いだろう。 彼こそが魔物だろうか。人を惑わし、食らうのだろうか。 彼になら、食われるのも本望かもしれない。 恐怖心よりも好奇心の方が先立つ。 マフムードは懐から、真っ白な一枚の紙を取り出し、ペンを握る。 漆黒の目で美しく舞う彼を捉え、取り憑かれたように手を動かした。 次の日も、また次の日も、マフムードは曰く付きのオアシスに足繁(あししげ)く通い、真っ白な紙の上にペン先を走らせる。 「綺麗。それって僕?」 「うわっ!」 ふいに後ろから声をかけられ、びっくりして振り返れば、そこにはいつも楽しそうに舞っている彼がいた。 あまりに没頭していて気付かなかったのだ。 「ごめん! あの、楽しそうに踊っていたから、ついっ!!」 まさか自分がいたことを彼に知られるとは思っていなかったマフムードは、声をかけられ、動揺を隠せない。 「どうして謝るの? すっごく綺麗。描いてくれてありがとう」 彼の笑顔を間近で見るのは初めてで、戸惑ってしまう。 大きな目はルビーのように赤く、真ん中に乗っている小さな鼻。紅色の唇は弧を描いている。間近で見ても陶器のような滑らかな肌は変わらない。――いや、いっそうきめ細やかに見える。 女神のように愛らしい。 そしてマフムードが気付いたのは、自分が恐ろしく醜い顔をしているということだ。 美しい彼の目に、醜い自分が映ってはいけない。 マフムードは慌てて顔を逸らし、フードを深く被った。 「……ごめん」 もう一度謝ると、マフムードは背を向け、走り去った。 その日以来、マフムードは一度も外出しなくなった。 以前と違うのは、描き上がった絵に手を滑らせ、ため息をつくその姿だけ。 ――そう、マフムードは恋をしてしまったのだ。あの、女神のように輝く笑顔で舞う彼に……。 しかし、所詮自分は醜い傷を持つ人間だ。女神とでは釣り合わない。 マフムードが宮殿から出なくなってどれくらい経っただろうか。その日も閉じこもっていると、突然部屋のドアが開いた。 今までノックをされずに部屋のドアが開いたことなど一度もない。何事かと振り返れば、そこには、マフムードの心を占めている彼がいた。 「っなっ!? どうして……」 「えへへ、来ちゃった。『マフムードの友達です』って王様に言ったら、すぐに通してくれたよ?」 「俺が王族の人間だってどうしてわかったっ!?」 「だって、顔の傷は有名だから……」 「っつ!!」 彼に言われて、今さらながら醜い傷跡に気が付いたマフムードは、手近にあったシーツを取り、顔を隠した。 「なんで来たんだっ!」 「会いたかったから」 布越しに訊ねれば、彼は迷いもなくそう答えた。 「ねぇ、どうして隠すの? 漆黒の腰まである長い髪も、切れ長の目も。象牙色の肌だって……。それに頬を流れる傷も、すっごく綺麗なのに……」 彼は手を伸ばす。 マフムードは身体を強張らせながらも、けれど彼からは逃げなかった。 否、逃げられなかったと言う方が正しいかもしれない。マフムードは、またしても彼に見とれていたから……。 細い指先が、傷跡に触れる。 「ジア。それが俺の名前……」 小さな唇がそう告げると、マフムードとの距離を近づけ、薄い唇に触れた。マフムードが身体を震わせれば、ジアはマフムードを抱きしめた。 『愛おしい』という言葉は、きっとこういうことを言うのだろうか。 マフムードもまた、シルクのような肌をしたジアにそっと手を回し、与えられるぬくもりに酔いしれた。 **END** |