chapter:星に捕まった翡翠 何重にもなる塔のてっぺんにある、だだっ広い部屋の天井は吹き抜けになっていて、星空の瞬きがよく見える。天蓋の付いたベッドの上で、これで何度目になるのか、レイは絹のようなきめ細やかな柔肌を開き、自分を組み敷く男に身を任せていた。 男の名はキース。象牙色の肌を持ち、けっして筋肉質ではないものの、ほどよく引き締まった身体は肉体美を誇っている。鋭利な顎と鋭い一重の目は凛々しく、美しい。 彼はこの国で唯一、神と通じることができる、『星読み』である。 人びとの声を聞き、声を神に伝えることを生業にしている。 そしてレイは、キースの声を神に届け、神の声を降ろす、いわば、『神の子』であった。 神の子が星読みの声や神に伝達するには、星読みに肉体から魂を共有する必要がある。 それはすなわち、星読みに抱かれることにある。そうしてレイは、神の声や星読みに、はじめて声を届けることができるのだった。 レイの、翡翠の目が自分を組み敷く彼を映せば、麦畑を思わせる、黄金色をした襟足までの極め細やかな髪に口づけを落とす。 これの理由は、もう知っている。自分を組み敷くことの同意を求める所作だ。 誠実な彼はそうやって、いつもレイの気持ちを尊重する。 だからレイは安心してキースに身を任せることができるのだ。 「んっ、あっ、あっ!」 色香を含んだ喘ぎ声を放ち、押し寄せてくる快楽に耐えきれず身体を揺すれば、ベッドのスプリングが軋みを上げる。 淫猥な水音が静かな空間に木霊する。 涙でしっとりと濡れた頬が上気し、赤く色づく。 ふっくらとした真紅の唇からは嬌声が放たれる。 柔肌の胸にある突起は赤く色づき、ツンと尖って強調していた。 「っふ、ああっ!」 キースが果実のような乳首を摘み、転がせば、当初は感じなかった快楽を得るようになった。 レイの乳首を弄る手をそのままに、キースは薄い唇をレイの身体に這わせ、差し出された柔肌を堪能する。 ほっそりとした太腿の間に顔を埋めれば、彼の舌がレイの秘部をノックする。レイはできるだけ足を広げ、キースを受け入れる準備をする。 すると舌はレイの襞を掻き分け、中を解しにかかる。レイは熱を感じ、身体が弓なりに反れた。 「陰茎には触れていないのに、蜜が溢れている」 襞を舐める舌が消えたかと思うと、レイの下肢で身をもたげている陰茎を見つめ、嬉しそうに目を細め、そう言った。 触れられてもいない陰茎からはキースが言ったとおり、涸れることのない蜜が流れ続けている。レイは羞恥に襲われ、首を左右に振った。 レイの目の端で、涙が散っていくのが見えた。 その涙は快楽の雫だ。 「っ、言うなっ! っあっ!!」 反抗的な態度を見せれば、すぐさまキースの肉棒がレイを貫いた。 「っ、あああああっ!!」 「口では反抗的なのに、身体は素直だ……」 手を忍ばせ、向かった先は、陰茎の下にある陰嚢(いんのう)だ。 キースは強弱をつけて、レイの陰嚢を攻める。 「やっ、そこ、揉むなぁああっ!!」 思ってもみない場所を刺激され、レイの陰茎からは絶え間なく白濁が吐き出される。 「イくっ、ダメ、ああああああっ!!」 身体を仰け反らせれば、キースを咥えている内壁が締まる。そうしていっそうわかるのは、体内に刻まれているキースの肉棒だ。 レイの最奥に熱い迸りが注ぎ込まれた。 『今は水不足にある。雨を降らせてほしい』 ぐったりと寝台に横たわるレイの耳に、神へ伝達する言葉と一緒に、違う言葉も入ってくる。 「綺麗だよ、レイ……愛している」 「……っつ」 いつからだろう。 こうしてキースに抱かれるたび、彼が愛を口にするようになったのは……。 おかげでレイは、あってはならない情をキースに抱いてしまった。 神の子は、神と星読みの声の双方を聞き取る。従って、中立的立場になければならない。 しかし、レイはそれが難しくなっていた。 心がキースに傾きすぎたのだ。 それは、キースとの別れの時を意味している。 近いうち、自分はキースからも神からもお払い箱になるだろう。キースとの別れを考えれば、胸が痛みを訴える。 あと、どれくらいの時間を、彼と過ごすことができるのだろうか。 シンと静まった静寂の空間で、レイは静かに涙を流した。 しかし別れの時は意外にも早かった。 レイがキースに呼ばれ、天界からその身を降ろしてから一年を迎えたある日の早朝。レイにとって、恐れていたことが起きた。 レイはその日も明け方までキースからの言霊を神に伝えるため、抱かれ終え、深い眠りについていた。 その眠りを妨げたのは、突如としてドアを叩く音だった。 「星読み様! 昨夜は、神に水不足だということをお伝えくださったのですか?」 どうやらドアを叩いたのは、キースの従者のようだ。彼は血相を変え、早口でまくしたてた。 「無論だ。何故そのようなことを問う?」 「雨が降りませぬ!!」 「雨が……降らない?」 キースの動揺がレイに伝わる。 「っつ!!」 (ああ、もうダメだ……) レイはきつく唇を噛みしめ、別れの時が来たのだということを悟った。 「キース、僕じゃもうダメだ。他をあたって。今から掛け合ってみるから」 レイはしなやかな身体にシーツを巻き付けただけの姿で言い争うふたりの前に進み出ると、胸の内とは裏腹に、淡々とそう口にした。 「ちょっと待て! 何を言っている? どういうことだ?」 早口で問うキースは、レイの肩を掴み、揺さぶる。 責めるようなその言い方に、レイの胸が引き裂かれるような痛みを感じた。 「お前が悪いんだ! 僕を、『愛してる』とか言うから!! 人間に恋をしてしまったから……神通力がつかえなくなった」 「レイ?」 「僕は貴方の言霊に捕まった……」 これで捨てられる。 レイは硬く目を閉ざし、俯いた。キースの手を振り払うと、重い足取りで部屋の入り口へと向かう。 その時だ。レイは力強い腕にふたたび捕らわれた。 「待て待て待て、何処に行く気だ?」 「出て行く。神には他の者を寄越すように伝えるから……」 瞼が熱い。涙が出そうだ。 それほどまでに、キースを愛してしまったのだと、レイは胸中を改めて思い知らされた。 そっぽを向き、出て行こうとするその細い腕を掴み、天蓋の付いたベッドに引き寄せた。 いつも強気な態度のレイは、けれど今は違う。彼の口はへの字に曲がり、眉尻は下がっている。 キースはレイの両瞼に唇を落とすと、ひとつ微笑んだ。 「出て行かなくても良い。実はね、神に頼らなくても良い方法を計画していたんだ」 「えっ?」 「だからこのまま、ずっと俺の傍に居てほしい」 「だって、僕、もう、神ではなくなって……」 常に強気で、僕様の彼からは涙が溢れ、翡翠の目が歪む。 その姿に愛おしさを感じたキースは、また微笑んだ。 「それでもいい。俺にとって、貴方は誰よりも尊い存在だから」 「っつ! 僕は、何もできないぞ?」 「構わない。傍にいてくれるだけで」 キースはそう言うと、赤い唇に自らの薄い唇を落とした。 リップ音が鳴る。 「あ、あの……」 傍から聞こえた声に我に返ったキースは、今さらながら、レイに魅了されていることを知る。 キースは大きく咳払いをすると、従者と向かい合った。 「水路を作る。数キロ離れているが、河があるだろう? そこからここまで続く杭を打ってあるから、それを目印にして作業を開始してくれ」 いつの間にそんなことをしていたのだろうか。レイは翡翠色をした美しい目を瞬かせ、目の前にいる美しい青年を見つめた。 「さあ、俺たちはもう少し眠ろう。その後で皆と合流して水路作りだ。忙しくなるぞ?」 「キース……」 その夜、レイはキースの腕に抱かれ、涸れることのない、『愛』の涙を流した。 **END** |