chapter:隆晃VS帝 太陽がずっと近くに感じる昼下がり。木にいる無数の蝉が、この短いひと夏のために鳴いている。 隆晃(たかあき)は、御殿に呼ばれ、帝の元に久々に登城を果たした。 御大袖と腰に巻いている御裳には刺繍が施されている。 顔は五色の美しい宝玉を飾られた天冠でうまく隠れており、表情は汲み取れないが、けれども赤い唇はうっすらと弧を描いている。 「のう、隆晃。由基(ゆき)は何が好物じゃ?」 帝はたいそう由基が気に入っているらしい。口角が上がっている。 「帝からでしたら、どのような品でも喜びます」 「世を特別な目で見てほしいのじゃ」 「何をおっしゃられますか。帝様は誰(たれ)よりも尊い、特別な御方でございます」 「しかし、それでは由基は世の手には入らぬ。あの者を懐柔させたいのじゃ」 帝の告げたひと言が、隆晃の心を凍らせる。 懐柔など冗談ではない。自分の方がずっと以前から由基に目を付けていた。 今さら他人に可愛い由基を横取りされてなるものか。 「何か考えておるな? 世が由基に好意を持つことが気に入らぬか?」 この男。さすがはこの国を治めるだけのことはある。なかなかに察しが良い。 しかし、これで肯定するのもなんだか気にくわない。 隆晃は微笑を崩さず、口を開く。 「はて……私には見当が付きませぬ」 「主、由基を好いておるな?」 「……それは如何でしょうか」 隆晃は微笑を浮かべ、好戦的な帝をかわす。 「まあ良い。どちらが先に由基を手に入れるか、ひと勝負とゆこうか」 ――……。 ――……。 それが、由基を抱く前に起こった数日前の出来事だ。 こうして隆晃は重い腰を上げ、件の鬼門にいる鬼と策を弄(ろう)し、見事由基を手に入れることに成功した。 「なあ、お前、最近帝に何か言ったか?」 互いの愛液で濡れそぼったしなやかな身体が狂おしく夜具の上を妖艶に舞った由基は今、隆晃の腕の中にいる。 由基のしっとりとした肌はまだ汗ばんでいる。 時折、障子の隙間から吹く風が心地良く、肌を撫でる。 今宵は満月。普段よりも明るい月光が、夜具まで差し込んでいた。 彼の声は何度も隆晃を受け入れ、喘いだおかげで掠れており、睡魔が襲っているのか張りがない。その声すらも色香を含んでいて、隆晃の胸を高鳴らせる。 「何故?」 常にうっすらと笑みを絶やさない薄い唇が開く。 「何故って……なんか二人の間に流れる気配が違うぞ?」 「そうであろうか?」 「しらばっくれんな。あの空気感は誰でもわかる」 「ふうん?」 由基の言葉にいまだ白を切る隆晃だが、由基はそれを肯定と受け取ったらしい。 「何をしでかしたのかは知らねぇけど、帝にはきちんと謝っておけよ? 俺が橋渡しでもしてやろうか?」 「無用だ。私の問題だからね、私が何とかする」 とはいえ、隆晃は由基を手放す気はさらさらない。 帝に由基は渡さない。心も身体も。すべては自分のものだ。 隆晃は引き締まった由基の身体を抱き寄せ、腕の中に閉じ込めた。 額に唇を寄せ、口づけをする。それに合わせて由基は深い眠りに入った。 「離さぬよ」 薄闇が広がるばかりの静寂で、隆晃は静かに、けれど強い決意をもって告げた。 **END** |