chapter:ずっと、ね。 「心(しん)、心、おいで」 今日も、その人はボクの名を呼ぶ。 『その人』は、ボクの本当の家族じゃない。 本当の家族からは……捨てられちゃったから……。 捨てられた理由は、ボクの妖力が少ないからだ。 ボク、実は、尻尾がふたつに別れている、猫の妖怪。猫又なんだ。 本来なら、きちんと人間に化けられるのに、頭のてっぺんには耳。尻尾はお尻にあるままだし、人間っぽくない。 何回も何回も、みんなと同じように化けようとしても、結果は同じ。 ついには仲間からのけ者にされ、村を追い出された。 行き場所を失ったボクは仕方なく、人間の姿になって、ぴょこんと飛び出た耳を隠すため、布を頭に被せ、人間が住む下界に降りた。 大分歩いた先の、山の麓(ふもと)。 足も痛くて、もう歩けなくて、草の陰に縮こまった。 ――ああ、ボクはもうすぐ死ぬんだって、そう思った。 だけど、違った。 ひとりぼっちになったボクの前に、白の狩り衣に袖を通した、黒髪の人間が現れたんだ。 名前は、蒼(あおい)さん。 とっても凛々しくて、だけど清楚な感じのやさ男。 彼が、ボクを拾ってくれたんだ。 蒼さんは、焼き魚やら、原っぱに生えているツクシなんかの食べ物を目の前に差し出し、「食べなさい」と言ってくれる。 だけど、はじめは、怖くて怖くて……。 だからずっと鋭い牙を見せて威嚇していた。 でも……いくら妖怪だからといっても、お腹は必ず空くし、飲まず食わずだったから、意識も朦朧(もうろう)としてくる。 その時に、初めて、蒼さんは怒ったんだ。 「いい加減に食べなさい!」って……。 ボクは、ボクのことを真剣に心配してくれる蒼さんの心が嬉しくて、涙をぽろぽろ流したのを今でも覚えている。 それからだ。ボクは、蒼さんがお仕事で吉凶を占う時とか、退魔をする時だって、彼が行くところなら、どんな所でもついていった。 耳があっても、尻尾があっても、蒼さんは、ボクとずっと一緒にいてくれるんだ。 「心、おいで」 呼ばれて、簀の子の上に行けば、手招きをして、膝の上においでと言ってくれる。 こういう時のボクは人間にはならない。 猫又のまま、お膝の上に乗っかっちゃうんだ。 頭上は、雲がひとつもない、青いお空がある。 ああ、お日さまポカポカ、気持ちが良いな……。 大好きな人のお膝の上で、丸まっていると……。 ポンポン。 大きな手のひらが、とても優しく、ボクの頭を撫でてくれた。 ボク、もう寂しくないよ。 あたたかい、蒼さんがいるから……だから、とても幸せなんだ。 蒼さん、大好きだよ。 腕にスリスリしたら、蒼さんは、ボクのお口に唇を落とした。 「ずっと一緒だよ」 そう言って……。 えへへ、嬉しいな。 ずっと一緒だね。 **END** |