chapter:恋する魔法男子 オレ、七瀬 椿姫(ななせ つばき)は、みんなには言えないちょっとした秘密を持っている。 その秘密っていうのは、実はオレ、今巷を騒がせている魔法少女をやってます。 ポポルっていう小さな妖精と出会ったのがきっかけ。 ポポルはオレたちがいる世界とは違う、ゼレンティーテという国からやって来た。ポポルの使命は、一年前、魔女に攫われた王子を見つけること。 ひょんなことから、ポポルの手伝いをすることになったオレだが、王子が見つかった。 その王子っていうのが、オレのいる若葉学園の学生で、高校二年生にして生徒会会長を務める、同じクラスの真城 周(ましろ あまね)。 真城がゼレンティーテの王子だって知ったのは、一昨日前のこと。オレが魔法少女だっていうことをかぎつけた魔女の手先――ディガーが学園を襲逆してきて、真城が見事追い払ったんだ。 んで、オレは次の日から、魔女の手から真城を守るため、常に一緒で、べったりとくっついている。 今は放課後。終礼を終えたオレたちは、帰宅したり部活をしたりと教室から出て行く。 で、オレはっていうと――。 「真城! あ、あの。これからゲーセン行かない? ってか、そんな暇ないよな、ごめん。なんでもない」 「何かあるの? 言ってみて?」 こうやってオレを覗き込む真城は相変わらずすっげぇ綺麗だ。思わず見とれてしまう。 視線が重なると、思い出すのは、真城に初めて抱かれた日のこと。 真城に抱かれた腕のぬくもりとか、オレを呼ぶ男の色香を纏った声とかが身体に染みついて離れない。 「えっと、その……やっぱいいや。大したことじゃねぇし」 恥ずかしくなって視線を逸らし、腰を上げた。 「椿姫? 何処に行くの?」 鞄を置いたまま、教室を出ようと背中を向けると、真城がオレを呼ぶ。 オレを抱いたあの日から、真城はオレのことを名前で呼ぶようになった。 これって、恋人みたいじゃない? 胸がドキってする。 「生徒会が終わるまで、ちょっと裏門にいる」 だけど、そう思っているのはオレだけなのかもしれない。真城は、ただ単にオレを仲の良い友達のように思って、名前で呼んでるのかも。 だって真城、オレを抱いたあの一昨日の日から手を出さないどころか、キスだってまだなんだし。 オレひとりで浮かれてバカみたい。ちょっとひとりになろう。 教室を出て、裏門でボーッとしていると、紺色のブレザーにチェックのスカート。胸元にはワイン色のリボンを付けた、見慣れない制服を着た女子が二人、オレの前にやって来た。 彼女たちの身長はオレと同じくらいか少し下。 ひとりはツインテールで、つり目。ちょっと目付きが悪い。もうひとりは、ショートボブの、目がクリッとしているすげぇ美少女だ。 「貴方、最近真城様にしつこく付きまとっているそうじゃない?」 ツインテールの女子が口を開いた。 真城様? 誰だこいつ。 真城のことを様付けで呼ぶ女子を怪訝な顔で相手を見つめてしまったオレに、ツインテールの女子が、また口を開いた。 「真城様はね、こちらの香月様の恋人でいらっしゃるの。おかしな噂を立てないでくださらない?」 そんなハズはない。 だってオレ……真城に抱かれて……。 いや、違う!! オレ、真城に好きだって言ってない。 ああ、そうか。真城は優しいから……困っている人間を見捨てることができなくて……。 「っつ!」 そうだよな。 そんなわけないよな。 バカみたい。 オレ、てっきり両想いだと勘違いして……。 ただ、オレが苦しんでいたからセックスしてもらっただけなのに……。 オレは衝撃的な事実を知り、女子二人から無言で立ち去った。今、教室に戻り、顔を机にひっつけている。 ガラガラと教室のドアが開く音がして、視線を上げれば、そこにはやっぱり生徒会の仕事を終えた真城がいた。 「椿姫、少し遅くなったけれど、今からゲームセンターに行こうか。ウグイスの縫いぐるみが欲しいんでしょう? ポポルから聞いたよ?」 真城は優しい。 オレの気持ちを汲み取って、理解しようとしてくれる。 だけどオレは情けじゃなくて、真城と付き合いたかった。恋人のようにキスしたり、笑い合ったりしたかった。 でも、真城は……違うんだ。 彼女いるのに、オレなんかを抱いて何やってんだよ! 優しいにもほどがある!! 「……行かない」 「椿姫?」 真城の手が、オレの腕を掴む。 「オレの名前、許可してないのに呼ぶな。情けなんてかけんなっ、もういい!!」 真城の腕を振り切って、走って走って……やって来たここは何処だろう。 気が付けば、裏路地みたいなところでしゃがみこんで泣いていた。 「っふ、っぐ。うえええっ!」 悲しすぎて涙が止まらない。 オレだけ真城のことを特別な目で見ていたんだ。 「ねぇ、君ひとり?」 掛けられた声に顔を上げると、大学生くらいかな。背の高い男三人がいた。 「可愛いね。彼氏に捨てられたの?」 「だったら、一緒に遊ぼうよ。気持ちが良いから、すぐに忘れられるよ?」 本当に、忘れられるだろうか。 真城のぬくもりも、優しさも。 全部? 差しのばされた手を掴む。 その直後だ。 「椿姫!!」 真城の、声が聞こえた。 「誰だお前!!」 振り向けば、真城は肩で息をして視線の先にいた。 額から流れるのは汗だろうか。そこまでしてオレを追いかけてくれたんだ。 そう思うと、ズキズキ痛む胸に熱がともる。 「ま、しろ……なんで……」 「椿姫、俺は君のことを情けで抱いたんじゃない!」 「でも、だったら。なんで真城の恋人がわざわざオレのところにくるの?」 「えっ?」 「香月さんだっけ? 恋人いるじゃんかっ!!」 彼女の名前を言った瞬間だ。真城は青ざめたような表情を浮かべた。 これはきっと図星だ。 ――ああ、やっぱり香月さんは真城の彼女さんだったんだ。 「二股かよ? うっわひで〜」 「この子は俺らと楽しく遊ぶんだよ」 「そうそう、楽しいことしてな」 男の手がオレの腕を掴む。思いのほか強く掴まれ、痛い。 オレは為す術なく引きずられていきそうになるのを、だけど真城は許さなかった。 「黙れ、汚い手で椿姫に触れるな!!」 今までに見たことのない剣幕でそう言う彼は、いったい誰? 少なくとも、いつもオレがみている真城じゃない。 ――真城はやっぱり強かった。 三人の不良たちをあっという間に片付け、足下にひれ伏せたんだ。 「椿姫、おいで」 地べたに座り込んでいるオレに手を差し出し、拒絶するっていう選択肢を考えていないかのように、オレを待っている。 手を伸ばし、真城の手の上に乗せると、真城はオレを腕の中に引き寄せた。 「っつ、ま、しろ。真城、オレ、オレ。真城が好き。好きなんだっ!」 ヒック、ヒックと嗚咽を交えた告白に、真城は頷いて、オレを抱きしめてくれる。 「好きだよ、椿姫」 顎を固定され、人差し指で持ち上げられると、オレの唇が真城の唇に塞がれた。 「ん、んぅうう」 熱を持つ長い舌が、歯列をなぞり、舌を絡めてオレの口内を蹂躙する。 好き。 「ん、っふ。んぅ」 オレは真城の広い背中に腕を回し、深くなる口づけに酔いしれた。 たっぷり口づけを交わしたその後で、真城に香月さんのことを訊ねれば、彼女はなんと、魔女だそうで、オレと真城を引き剥がそうと策略したらしいことを告げられた。 「欲しかった君をやっと手に入れたんだ。離すわけがない」 オレに告げる真城の声がいつもよりずっと低音で、漆黒の瞳の奥には肉食獣が獲物を狙う時の輝きが見える。 オレは、オレを求めてくれることが嬉しくて、真城の後頭部に腕を回し、その先を強請った。 **END** |